2006年05月25日

心に残る言葉達

人との出会いはとてもエキサイティングな出来事だ。

仕事柄、様々な職業に就いている方々とお会いする機会に恵まれているので、これについては自分自身とても感謝している。

つくづく色々な物の見方や捉え方があるものだと思う。

言葉は意思や思考を伝える為の重要なツールである。

“道具”を誤って使ってしまう事で簡単に人を傷付けてしまったり、その人と成りを判断されてしまったりと、予期せぬ反作用をコントロールするのが難しいのもまた事実である。

然るべき後になってはたと気づきを得たり、時間の経過とともにボディブローよろしく、じわじわと骨身に染みてくる言葉もある。

素直な言葉で気持ちを表現したい。

しかも温度差が無いように。

五里霧中、闇を照らす明かりが欲しい時もまま言葉が道標となる。

いつまでも自分を奮い立たせてくれている言葉が誰にでもある筈。

俗に言う所の“座右の銘”って奴だ。



特に物心付いてからは(尤も生意気盛りの時期ではあったが)人の言葉が痛かったり味わい深かったりと、聞き流す事が徐々にではあるが出来なくなっていった。

特に強烈な体験だったのが、私が未だ高校生だった頃のコンポジションの先生との出会いだった。

とにかく授業が進まない。(笑)

でも進学組の生徒やズッコケ組の生徒(勿論自分の居場所)を問わず、誰からも慕われる存在であった。

卒業式直後はクラス担任よりもその先生に挨拶しにいった程だ。

それは何故か?

英作文を教えるよりも“人間力”を養ってくれたからだ。

「大学や専門学校へ進学する奴、そして就職する奴。

もうじき皆別々の道へ進み、別々な生き方をしなくてはならない。

が、これだけは覚えておいて損は無い。

志望する学校や勤め先へ一度下見に行ってみろ。

校門をくぐったり、会社の建物を眺めたりするだけでいい。

関係者に会ったりする事も無用。

雰囲気が悪かったり、居心地の悪さを感じたりしたらそこに属するのは止めろ。

気が晴れぬ場所では何事も上手く立ち行く訳が無いだろ。

そこが世間様に一流と言われていようが、二流と言われていようが、そんな噂は関係無い。

要は如何に自分を高められるかだ。

身の丈に会った場所で頭を張るつもりでやれ。

勝負はそれから始まっていく。

そして好きな事は何があってもとことん十年続けてみろ。

例え喰えなくてもだ。

すると確実にそれは形を伴う仕事になっていく。

嘘は言わない。

本当だ。」

帝王学を教わる脱線気味の授業だった。

だけど皆この先生の時限だけは瞳をぎらぎらさせていた。

これで腹が据わった。

思えば.....。



中学校時代から音楽を演っていきたいと思っていた。

同時に漠然と親の家業を継いでしまうのかもしれないといった諦念もあった。

何故なら当時ギターは舶来品中心で種類が少ない上、国産のコピーモデルも高値であったからだ。

中学生の身分では当然手に入る術がない。

サボり気味の部活動、その時間は好みの曲を片っ端にカセットテープにエアチェックする事で塗り潰された。

高校1年生の或る日、近所のゴミ捨て場に捨ててあった状態の良いアコースティックギターを、親父が勿体無いとばかりに拾ってきた。

(親父の名誉の為記しておくが、この行為自体、親父の本職とは何の関係も無いぜ。)

この日を境にギターを掻き鳴らす日々が始まった。

「歌いたい」とずっと思い続けていたんだ。



ほどなく芸術系大学に入りバンドを始める。

見に来てくれる人も少しづつ増えていった。

何回か小屋に足を運んでくれていたOL達の一人の娘からライブ後手紙を貰った。

「折りたたみパイプ椅子を投げる

ありったけの感情をフロアーに叩き付ける

だけど誰にもあなたの心の叫びは届いていない

そうと知りながら

あなたの世界がそれだと主張するのなら

私も拒むしか術が無い」

衝撃的だった。

全て見透かされていた。

おまけに手紙の最後には手彫りのハンコまで捺してある。(笑)

数ヵ月後友人から次のように伝えられた。

手紙を渡されたあの日、僕の歌を聴いた彼女はしきりに今の自分を変えたいと言っていたそうだ。

あの文章は反語だったのだ。

その後彼女は憧れだった陶芸家の道を志す為、突然務めていた銀行を辞めてしまったらしい。

これがまるで借用証書であったかのように。

自分自身に未だ落とし前を着けていない男が、一人の女性の人生を予期せぬ方向へ変えてしまったかもしれない.....と自らを責めた。

この手紙は今も手許に残してある。

自戒の為、そして生き切る為.....。

多分定年で一線を退いているであろう恩師は、今も誰かに口角泡を飛ばし熱く語っているのだろうか?

彼女は本懐を遂げる事が出来たのであろうか?

夢の形は少しだけ真円形からオーバルに変わったけれど、覚悟を決めた日から十数年でひとかたの“プロ”になっていた。

勿論責任意識も備えてこその。

「お前は日和っていないか」

言霊に問いかけられて、未だ心が脈打ち疼いている。
posted by さぶらい at 14:42| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする