2017年01月05日

我がThin Lizzy。Phil、忘れていないよ。

Thin Lizzy - Live & Dangerus.jpg



普段、特段にスピリチュアルなんてものは胡散臭くて信じていないのだが(江原云々なんて特に)、不思議な事もあるものだ。

1/4の早朝(深夜)、歯磨きしてから床に着こうととしていた時、ふとThin Lizzyの「Boys Are Back In Town」を口ずさんでいた。

Bon Joviもカバーした、大ヒットキラーチューンだ。

カッコよくハーモナイズした麗しのツインリードギター、何故かしらレスポールだけしか歴代のギタリスト達は使わない。

「待てよ......まさかな〜?」と思いつつ、ネットで調べたら、何と1/4は、Vo&Baのフィル・ライノットの命日だった。

特に私はベーシストの音にはかなり拘りがあり、フレージングもさることながら、音色にもうるさい方なので、誰でも良い訳では無い。

バンドサウンドの中核を担うと言っても良い位だ。





若い頃、バンドのベーシストを探していて、ジャムった中でも一番お気に入りだったのが北島という奴だった。

九州の小倉出身で、いつも練習の時にトレーナーやジャンパーにThin Lizzyのワッペンやバッジを付けていた。

初めてアルタ前で待ち合わせした時もやはり、Thin Lizzyのグッズを身に着けていた。

春の日差しに反射するThin Lizzyのバッジを誇らしげに私に見せていた。

「Thin Lizzy!!」って。(泣)

フィルのプレべのミラーガードみたく、反射してキラキラ光るタイプのバッジだった。(私もライブ会場で購入していた)

リハの時に私も同じ物を身に着けて行ったのは言うまでもない。

今もまだプレイし続けていてくれると嬉しいな。

いつか機会があったら再会してジャムった後にでも一杯やりたいもんだ。






Thin Lizzyはアイルランドのバンドで、キッズからは「アイルランドの英雄」と呼ばれていた。

特に好感を抱いていた点が、パンクやメタルの垣根無しに幅広い音楽的指向性を持っていた部分だ。

パンクスからの熱狂的支持もそうした事情に起因していた。

セクト意識が全くなかった訳だ。

ソウルフルなフィルの歌唱とグルーブするベースラインは、当時のNWOBHM(ニューウェイブオブブリティシュへヴィメタル)の中に於いては特異とし、ソウル等のブラックミュージックのエッセンスも感じさせるものだった。

皆さんご存知の羽生結弦君の演技の後ろで流れているインスト化した「パリの散歩道」はフィルのペンによる曲だ。

ギタープレイは彼の盟友故ゲイリー・ムーアだ。

羽生君のファンはマストで知っておくべきだと思うぞ。

初来日にはThin Lizzyに帯同する予定となっていたが、ゲイリー生来の気まぐれか、ドタキャンされた。

トラ(代役)で、セッションギタリストのスノーウィ・ホワイトと、ウルトラ・ボックスのミッジ・ユーロ―がやってきた。

「Black Rose」というナンバーをアルバムでプレイしているのが、超絶ギタリストのクレイジー・ゲイリー・ムーアだったので、ライブでの再現が危ぶまれたが、何も問題無く演奏されていた。

流石はプロフェッショナル、きっちり来日公演までに仕上げてきた訳だ。





奇しくも、鬼籍に入ってしまったミュージシャンの記事の連投となってしまったが(それもベーシスト達)、自分の過去のアーカイブとして残しておきたかった。


posted by さぶらい at 19:59| 埼玉 ☔| 聴かずに逝けるか!! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする