2019年11月27日

明日の事は判らない。だからぎゅっとしててね。ダーリン。



再び死に掛かった。
久々の投稿で驚くかもしれませんが、無礼非礼をお詫びしつつ書き込みます。

生来の不整脈が原因とされる「心原性脳塞栓症」。
血栓が小脳に飛んで、梗塞し身体のバランス機能に不全を起こす。
またまた脳から血を吹き出す得意技か?!👊😞
10月31日深夜午前2時。
トイレへ立ち、寝床へ移動。
地震か?と感じる眩暈。
何とかカーテンに捕まり、それを引きちぎりながら立ち上がるがバランスを失った足がいう事を効かない。
歩いては倒れを繰り返す。
それでも思考回路はきちんとしていて、「家内は今日合唱の伴奏があるから起こしちゃまずい。」とか「息子は学園祭でライブを予定しているから寝かしておこう。」やら不思議に自己解決を図ろうとする。
不思議と頭痛は全く無かった。
ただ激しい眩暈と吐き気、二階のトイレの前で朝迄呻いていた。
六時頃になり、家族が起床して来た。
家内「あんた何やってんのよ?!」
応えて曰く「動けねぇんだよ。訳が判らん。」と私。
「パパやばい。」娘が慌てる。
「何やってんだよ?夜中にバタバタ五月蠅くて寝れなかった。」と息子。
そりゃそうだ。
トイレの前で親父がジャージ姿で横になってゲーゲー言ってから。

私は亡くなった御袋と一緒で、世話になって長患いして死ぬのは真っ平なので、逝く時は迷惑掛けずにといつも考えている。
奇しくも御袋の最期は天晴にもそうなった。

かねてより「R&Rは死ぬ事と見つけたり。」が口癖。
その位の覚悟を決めて掛かれとぃった信念。
特に11月は西日本で詩人を務める38年来の友人ヒロキとの約束の曲の最終仕上げを控えていた事もあり、「命に代えても」との想いが強くあった。
春先には盟友カズヤとの再会を果たし宅飲みしたり、ミッシング・リンクを埋める出来事続きだった。
中学校時代の同窓会も千葉の地元で催されたり等、なかなかに充実した日々を過ごしていた。
その矢先の入院騒ぎ。
当初、予測されていた塞栓症の原因も不明だったらしく(24時間心電図を着けられ計測したが不整脈は出なかった)、謎の多い診断結果となった。
担当医師は、このままリハビリ棟へ転院してリハビリを続行する様勧めるが、両腕に点滴を繋がれたまま、それを引き摺りトイレへ行ったりしている私の姿を看護婦さん達は目撃しているので、その必要は無いと背中を押してくれた。
普通にスタスタ歩いてあっちへこっちへ移動する私を見てリハビリの先生も「退院の日取りは決まりましたか?
」と尋ねてくる。
その位回復力は早かった。
以前「大脳被殻出血」で入院した時の先生も「ボーカルやってる人は強いね〜。」と仰っていた。
その折と同じ体で入院生活を送っていた。
過去には看護婦さんから「リハビリ科へ連絡しましょうか?」と訊かれた当時の先生曰く「この状態でリハビリ科へ回したら怒られちゃうよ。」と仰ってくれた。
今回、友人と共同作業で曲の作成を急いでいたのには訳があった。
ここでは敢えて触れないが、タイトなスケジュールの制約があった為だ。
加えてミュージシャンとしての拘りやプライド、遺作となっても形をしっかり留めておきたいとの諸々の想いが背中を押し続けた。
だから、曲のクレジットには道半ば、若く辞世した関係者の方々のお名前も拝借して載せた。
永く記憶に留め、供養にもなる様に。
「魂」がテーマのナンバー。
言葉にすると安っぽく聴こえてしまうので、忸怩たる想いは歌に込める事にしたい。
この文章のタイトルは知っての通り椎名林檎「ギプス」のサビの歌詞。
人が財産、皆仕事や生活を通じて誰かのギプスの役割を担って仕事していると考えたい。
明日をも知れぬ命の儚さをシンプルなラブソングで表現した林檎氏の素晴らしい才能。
天才故の表現。
惨たらしい事件が日々引き起こされる現代。
政治家が私腹を肥やし、欲望剥き出しにしても恥じ入らない社会。
子供でなくてもぎゅっと抱きしめられるだけで氷解する不安や悲しみもある筈。
医師の説明にもそれが欲しかった。
家内はかなりストレスに感じたろうに。
「あれも危ない。これも危ない。」無い無いづくし、命の危険ばかり伝えてくる。
「あ〜。上等だよ!! 殺せるものなら殺してみやがれ!! お前も漏れなく死ぬんだからよ!!」
ってな!!
ブレーキを踏みながらアクセルを解放なんかするもんか?!
過去記事の健康診断の下りを思い出した。
政治家や医者は己が保身と自己弁護には平気で人を騙すのだ。
動かぬ証拠があったとしても、測定機械の故障として済ませやがる!!
誤診は認めないんだよ!!


「R&Rは死ぬ事と見つけたり。」


posted by さぶらい at 13:30| 埼玉 ☔| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする