2016年05月30日

オバマスマイル♡

米の国家元首はサミットやら(スーパーマーケットかいな)なんちゃらのついでに、広島訪問。


営業に余念がない。


「おもてなし」に税金即ち国家予算を沢山使わせて、どれだけ会場から距離が離れているか知りませんが、関東地方のコインロッカーやゴミ箱まで使えなくする始末。


これだけお世話になっていて、いい人アピール(承認欲求)で、何も知らない日本国民からの信頼度は鰻登りですなw


本当はな〜んも日本の事は考えてまへん。


米国の独り勝ちを目論んでいるだけです。


テッペン取りたいだけです。


小学生に渡した折り鶴も、アピールポイントとして、取れ高はさぞかし稼げたのではないでしょうか?


子供達はあなた達の裏の顔を知りませんしね。


それから、後ろからしずしずと、忠犬の如く御付の部下(軍事顧問)が20Kgもある大きな黒いカバンを大切に運んでいらっしゃいます。


これは何?


これ荷物チェックしなくていい


の?


中身を知ったらこいつらテロリス


トでしょ?


これを運ばせておいて何が核兵器の根絶・廃絶?


皆さん、よ〜く考えてみましょう。


誘拐犯がする手口と一緒です。


「手向かいしたら、こいつの命はないぜ!!」ってね。


喉元に切先突き付けて、脅してるんですよ。


それが「これ」の正体です。



パブリックイメージに騙されない


ようにしていかないと、今後は本

当に「ヤバい」時代になります

ョ。(国政に関してもね)


ネイティブアメリカンやアフリカの

先住民、アボリジニがどのように国を乗っ取られたの


か?




学校で教えるお勉強は真実を伝えてくれま


せん。




特に理科・社会。


深い部分で「人として」を考えれば、誰でも理


解出来る筈です。




大統領の「スピーチを聞いて感動した」方々、スマホで写真撮って「見えた! 見えた!!」なんて言ってる方々、皆様浮かれ過ぎですなw


平たく言って、戦後は未だ終わらず、馬鹿にされているんですよ!!


posted by さぶらい at 12:45| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月18日

皆、応援してるよ。

うちのクマモン


うちのクマモンがこう申しております。

熊本、そして大分の被災された方々、皆様

を応援しております。


クマモン
posted by さぶらい at 19:02| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月18日

洗脳されている神代の国の純朴な民

今年は暖冬らしいので、しのぎやすい日が多い。

ある学者の説では、地球温暖化はまやかしで、実は暖冬ではなく気象パターンから寒冷化(マウンダー極小期と同じらしい)しているという。

温暖化と括ってしまえば、原発依存を相変わらず推し進める事も出来るだろうし、いざとなりゃ「計画停電」という、恐喝行為が許されてしまう。

電力自由化の裏に潜んでいる、策略はないのか?

世間の耳目は今、ゲス極の不倫問題とスマップの解散危機の話題にさらわれている。

知る人は少ないだろうが、こんな時は往々にして国会で怪しい法案が通過させられているものなのだ。

一億総白痴化を目論んで仕掛けられた罠に、みすみす自ら望んで嵌るようなものだ。

石破茂がスマップの騒動の一件にコメントした事で、半分バレてますな。(この御仁は若い頃、キャンディーズの追っかけとして芸能オタであったのは有名な話。一緒に満面の笑みでスナップ写真パチッ!!)

皆々様、騙されるなよっ!!

posted by さぶらい at 14:16| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月31日

もうじき新年です。我にも時代を撃ち抜く用意あり。

今年は個人的には珍しく充実の一年だった。

家族それぞれに多くの人々との出会いに満ち、各々が幸せを実感出来た年だったと思う。

新年早々息子は受験を控え冬期講習へ参加していたので、珍しく今年の正月は実家へ帰省しなかった。

無事息子は志望校へ合格して、恋人とともに今は青春を謳歌している。

娘は中学校へ進学したものの、学校は統廃合の浮き目に遭うので、居心地の良かった学び舎も今年限りになってしまうが、本人は至って呑気だ。

来年は今年の部活での努力が実を結び、無くなってしまう中学校のゼッケンを背負い、晴れて県大会へと駒を進める事となった。

胸にポッカリと空いた欠落感にもがいていた、春思う頃の自分とは大きく異なり、我が子達はこれでいいのだと安堵している。(バカボンのパパみたいだ)

勿論自分も家内もそれぞれに、仕事に家事に教育に一所懸命だった未年。

が、国内外は共に騒乱狂乱の年であった。

今年の清水寺の一字は「安」ではなく「狂」ではないかと本気で思っていた。

新年早々、邦人ジャーナリストの拉致と殺害が報道され、何か胸騒ぎのする薄ら寒い年明けだった。

「自己責任論」とやらを振り翳し、国民を見殺しにする国家、それを支え煽るネトウヨを始めとする国民。

多勢に無勢、いつからこんな風に物分かりの良い生き方が身についてしまった?

過去に旅行中の青年が拉致惨殺された時もそうだった。







海外のリアルを茶の間に届けてくれるのは他ならぬジャーナリストの方々だ。

「自己責任」なんざ百も承知、死なば諸共、切腹覚悟の想いで仕事をしている。

学生時代に学んだ事があるので、よく分かっているつもりだ。

自分の都合が悪くなると入院しちゃう、何処かの方とは大違いだ。

火の粉の掛らない安全な場所にいて、リスクも犯さず安穏と情報を手に入れておきながら、罵倒する人々もそれと同じで大した御身分ですな。

向こう三軒両隣、袖触れ合うも他生の縁の隣人に対するシンパシーはもはや過去の遺物なのか?

騒動の渦中、加えて国会議員の先生方は、自国民の生死がかかっている時に、国会議事堂をバックに、晴れ着でおめかしして記念撮影していたのだ。(あまり知る人は多くない)

9月19日の集団的自衛権の強行採決といい、政治屋共のオイタは酷過ぎた。

子供の悪ふざけのようにしか感じなかった。

あれが仕事だ!?

前夜には総統閣下が側近と焼肉三昧でご満悦だったらしい。

隣の奥方が口にしていたビールにまで手を出してグビグビ酒を煽っていた。

税金を召し上がって我が世の春といった塩梅か。

己が姿をつらつらと鏡に映して恥じ入り慎むが宜しい。






とある学者の方が仰っていた。

「日本というものは文化を持った国家ではなく、国家の存在そのものが固有の独特な精神性を持っている。これはむしろ文明と呼ぶに相応しいものである。」

その通りだと思った。

世界四大文明に匹敵、若しくはそれ以上の我が国の存在理由とその価値。

だから我々が日本人に生まれた事は偶然ではなく、必然なのだ。

和食が世界遺産になった事と併せて考えると、古より我が国は「麗しの民の国」であったと思うのだ。

それが瓦解しようとしている。

来年の事を言えば鬼が笑うとは言うが、その通りになるかどうかは各人の生き方次第だ。

そう反省しつつお正月の正しい在り方を噛み締めている。

歳神様、そして八百万(やおよろず)の神の御加護が、皆々様そして私共にも注がれますように祈ります。
posted by さぶらい at 23:43| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月09日

IT化かよっ!!

年末になり家内がスマホに変えた。

厄介な「契約解除料金+ナンバーポータビリティ」なるものを一万円以上払い。

その金額で食事に行けるだろうに。

格安デリの金額位のお支払い。(オイオイ)

チェンジするのに課金とは。

トホホ。

私はメールと会話のみ出来れば良いと思っているので、全く不便は感じない。

その分周りの方々が不自由を強いられているのかもしれないが。

PCの導入もかなり遅かったし。

便利な物は不自由な物。

「LINE」の仕組みなんかは判らない。

そこは息子が担当だ。

何故かスマホを持っていない娘が色々と知っている。

デジタルキッズは恐ろしい。

スマホの設定途中で電話が掛ってきて大慌て。

「ハラダ製茶のやぶ北ブレンド」のCMのおばちゃんみたいになっちゃっているw

この会社のCMはいつもずっこけていて、脱線した緩〜い感じが好きなのだ。

リアルでも同じになるとは。

当分ガラケーのままいく私。

変えたら変えたで悩む私。

困ったものだ。
posted by さぶらい at 08:47| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月25日

答えて曰く

中間テストを控えている息子に一言。

「何事も引き算ではなく、足し算で考えなさい。」

人は往々にして「あれが足りない」「これも足りない」と欠乏感(劣等感)に苛まれ、右往左往して地団太を踏む。

0を基準点に置いて、「あれも持っている」「これも持っている」と足していくと少しは安堵出来るのではないだろうか?

そう言ってやった。

「皆同じ条件だからな。100%120%準備して臨んでも、本番の出来は良くて七、八割りの出来で良しとしろ。」

とも加えた。

焦るあまり家内に当たり散らしている息子は途端静かになった。

回りを意識し過ぎても話にならん。

所詮孤独な闘い、己が剣を信じるしかないのだ。
posted by さぶらい at 11:35| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月15日

もうツイッター的な展開にしようと思う。

最近余りにもがっかりというか、アホらしい事ばかり世の中や身の回りに起きているので、怒るのも同時にアホらしくなり、ちょくちょくと記事も書かなくなってしまっています。

ツイッターで呟くように、日々の一言即ち戯言を今後はブログ記事にもしようかと思っております。

考えがまとまりを見せ文章化した時に、以前は長文を記事にしたりとかしておりました。

今後も自分なりのステートメントをこのブログに書き記していく所存ですが、ツイッター的に、悪く言えば無責任、良く言えばカジュアルにしてもみようと思います。

Naverまとめサイトにもちょくちょく私の記事を取り上げて頂ける方が増え、有難い反面、申し訳なくもあります。

その時間も取れなくなる程、今の世の中や人の在り方が嫌いになり、余計に筆不精にされてしまいます。

社会とは何か?

個人とは何か?

自由とは何か?

支配とは何か?

生きる事とは?

死ぬ事とは?

.............?

自分勝手で、愚かな政治屋共が舵取りをし

ている事に呼応するが如く、皆自分が一番

大好きみたいだ。


仕組みやカラクリを知れば知る程、嫌になる。

一億総ネトウヨ。

我儘過ぎるよ。

優しさが無さ過ぎる。
posted by さぶらい at 23:32| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月04日

暑中お見舞い申し上げます。真夏の感傷。

前回の記事のUPより大分時間が経ってしまいました。

猛暑の夏、皆様如何お過ごしでしょうか?

子供達がそれぞれに進学して、夏は部活動に忙しく、家族が各々の夏をフーフー言いながら楽しんで過ごしています。

先日、娘が部活OFFの日に久々カミさんと三人で買い物に出掛けました。(息子はU-16の試合や合宿等でほとんど留守にしています)

いつもは仕事で家族と買い物にも出掛けられず、たまの休みの日だけ車を転がします。

必ずカーステでFMを聴きながら移動するので、新しい曲を耳にする機会は決まってこんな時。

西に陽が落ち始め、少しカーエアコンの効きも良くなってきた頃、久々佐野元春の曲が聴こえてきた。

スタカン(The Style Council)のようなお洒落なUKソウルっぽい曲だった。

ラジカルな佐野元春さんの事、そこは御洒落だけに留まらない、スパイスを利かせた歌詞を載せている。

余程自分の心の襞を引っ掛かれてしまったのか、曲を聴いて号泣してしまった。

「そうだよな〜。その通り。」と歌詞の一文一句がストレートに入ってくる。

家族を目の前にして、いい歳こいた大の男が涙してしまった。

仕方ない。

こんな時もあるさ。

ポップとは何か、思い知らされました、流石です!!




−境界線−

この決意はどこへと
向かっているんだろう
自分でもわからないくらいだ

どんなオチがついても
選んだ道に花を飾って
明日、境界線を越えていこう

君がそこに待っている
君がそこでほほえんでいる
いつかたどり着けるまで
いつもここで夢見てる

感じたままのど真ん中を
くぐり抜けてゆく
これ以上、待っていても無駄だろう

風に導かれるまま
どこまでも自由に
明日、境界線を越えていこう
君がそこに待っている

真実を知るたびに
生まれた意味を探るたびに
何か 少しづつ失くしてゆく

知っている事のすべて
夢見る力のすべてを使って
明日、境界線を越えていこう

壊れかけたきずなを元に戻して
運命のせいにはできない

いつかたどり着けるまで
夏の虹を追いかけて
見知らぬ夜が明けるまで
いつもここで夢見てる

真実を知るたびに
生まれた意味を探るたびに
何か 少しづつ失くしてゆく

知っている事のすべて
夢見る力のすべてを使って
明日、境界線を越えていこう

壊れかけたきずなを元に戻して
運命のせいにはできない

いつかたどり着けるまで
夏の虹を追いかけて
見知らぬ夜が明けるまで
いつもここで夢見てる

感じたままのど真ん中を
くぐり抜けてゆく
これ以上、待っていても無駄だろう

どこまでいけるんだろう
どれくらい儚く抱きしめて
どれくらい許してしまうんだろう
君がそこに待っている

コピーライトマーク 2015 M's Factory Music Publishers



オフィシャルファンサイトより原文のまま転記させて頂いた。

1番のAメロで既にやられちゃいましたよ。

ジャーナリストの為にこの曲を作ったそうですが、聴く人は皆、自分に向けて歌っていると感じるのではないでしょうか。

特に表現に関わる人々は、如何にリアルであるか、真実に一歩でも近づけているであろうかを一番大切にする筈であると思います。

歳を重ねて色んなシステムやカラクリを知るにつけ、憤懣遣る形無しだったり、青臭いと笑われそうな理想を掲げ続けたり、まだまだやり残している事だらけだったり、ほんと滅茶苦茶なメンタルの日もあったりします。

今年上半期は、民主主義とは絵に描いた餅の如く蹂躙され、天下の大嘘つき共に国民が振り回された戦後70年にして最悪のターニングポイントの年なので、感じる事も多々あります。

勿論、為政者が企んでいる、これから未来へ渡っての、愚かしく欺瞞と陰謀に満ちたプランもはっきり解っています。

変革の為の時間が足りなさ過ぎる。

栄えある未来があるべき若者達にとっても。

だから皆!!

一所懸命生きるんだ。






平成27年2月26日 息子へ

生まれて15年、今年で16年、よくぞすくすくと無事に大きく育ったものだ。

それが何より一番嬉しい。

心音が途切れつつも27時間掛かって、やっとの思いで生まれてきてくれた。

俺も難産だったらしいが、お互い母親をてこずらせたな。

お前の爺ちゃん(俺の親父)の兄弟は幼くして一夜にして亡くなってしまった、らしい。

昔はそんな悲しい出来事が一杯あったそうだ。

未来には何が待ち受けているか判らない。

だから、元気で楽しく、感動に満ちた人生を全う出来るように、これからもその場その場を努力なさい。

お前の頑張っている有様は、当たり前だが、父親なりにずっと傍らで見続けてきた。

失敗を恐れるあまり、手足がすくんで動けなくなる程考え過ぎるな。

迷った時には、楽しいと思える方へ動きなさい。

時という波がおまえを押し流そうとするだろう。

それに抗い楽しみながら、前へ前へ進みなさい。

俺は自堕落で勝手気ままで、全く手本にならない親父だが、まだしばらくはお前の面倒位看る事が出来る。

親でいる事を楽しんでいる。

だからおせっかいさせてくれ。

俺も一層努力するつもりだ。

中学校卒業おめでとう。





と息子の卒業に際して私は手紙を書いてやった。

鼻で笑われたかもしれないな。

親馬鹿の自己満足と皆も笑ってやって下さい。
posted by さぶらい at 18:12| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月07日

長らくの不躾な振る舞いのお詫びと新年の御挨拶

年末の御挨拶も無く、いきなりの新年の御挨拶で、訪問して頂いた方々には大変失礼致します。

昨年のスローガンの「馬には乗ってみよ 人には添うてみよ」を全うしようと孤軍奮闘致しましたが、なかなかに「言うは易し 行うは難し」でありました。
健康状態も新年早々に思わしくなく、(酷い腰痛に見舞われ、一か月で自然治癒)慌ただしい年明けを過ごしておりました。

だから今年の私のスローガンは心機一転

「剣心一如」です。


怒りは腰に来るとは言われますが、昨年末の3ヶ月も腰痛に苦しみました。
自らの怒りにより、自身を壊し始めていたのかもしれません。
いつもお世話になっている、小柳整骨院の医院長先生には「椎間板ヘルニアだね。3ヶ所神経圧迫しているよ。仕事休める?」と勧められましたが、年末にしなくてはならない事柄が山積していたので何とかこなしました。
この先生無しには、私の健康のメンテナンスは不可なので、全幅の信頼を寄せております。(「東洋医学の名医134人」という書籍にも紹介されております。)
2時間おきに激痛で目が覚め、起床しては寝返りを打ち直すような日々だったので、睡眠不足と痛みでフーフー言いながら頑張り抜きました。
でも今は大分楽になってきて回復しつつあります。

あと年末、忘れられない出来事もありました。
いわき市在住だった学生時代のK先輩が闘病の後、クリスマスイブの前夜急逝されました。
結腸癌でした。
6月の手術から約半年、早過ぎる先輩の死でした。
ブルーズの師であり、酒を酌み交わすと饒舌で楽しい方でした。
僕はとんがっていたので、しょっちゅう混ぜっ返した会話ばかりしていました。
失礼極まりない後輩だった事でしょうね。
でもそんな阿呆に付き合って下さった先輩には本当に感謝の気持ちしか御座いません。
駆け着けて葬儀に出席したかったのですが、こちらは100mも歩けない状態だったので、年賀状の作成の手を休め、弔電と香典の手配をしました。
思い出す度落涙する私を、カミさんは気の毒そうに眺めていました。
原発の影響も少なからずあったのではないかと友人と電話で話しました。
震災関連死とも言えるかもしれません。
「直ちに健康被害はない」だと!?
ふざけるな!!
そんな言葉で最優先で解決すべき問題を棚上げ先送りするんじゃない!!
先輩と時をほぼ同じくして亡くなった文ちゃんが「空気や水や

土は国家の為の物ではなく、国民の為の

物である」
とスピーチしていたが、心底その通りだと思った。


「この道しかない」とほざく、国民不在で出

世欲だけで出来ている、どっかの国の独裁

者の姿を目にする度、我が国の不幸の始

まりは、為政者に恵まれない事とそれに気

づかない多数の国民の存在だと嘆かわしく

なる。


小保方さんの件もうやむやになってしまったが、彼女の研究が本物(だったのではないかな)だったとしたら、一番損こくのは誰か大本を辿って考えると見えてくる筈です。

話は大きくズレてしまいました。
熱くなり申し訳御座いません。
でも私はそんな国に住まう自分の子供達や若者達にとても期待しています。
「悟り世代」や「ゆとり世代」古くは「しらけ世代」等といつの世も若者を良く言う事はされてきませんでした。
でも新たな世代に期待を込めつつ、自らもより良き世の中になるべく、そのお手伝いをすべく頑張らなければと、思いを新たにする新年です。
絶望したらROCK出来ないですしね。

今年も何卒宜しくお願い致します!!


posted by さぶらい at 13:10| 埼玉 ☔| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

暑中お見舞い申し上げます。事故中(自己中)には御注意を!!

事故りました。

3時間程前に.....。

仕事からの帰り道、チャリを転がしていた所、路地から飛び出して来た一時停止しない車にぶつけられました。ふらふら

相手の車が少し地上高のある車だった為、フロントバンパーの下に少し右足が潜り込みました。

運良くというか、日頃スポーツしたりして体を動かしているもので、割と上手く受身を取れました。

自らとっさの判断で自転車に乗ったまま、左側へ倒れました。

ただ、左肘を強打し腫れているので、左肘は何か大福餅をぶら下げたような感じになっています。(じんじんと痛いです。)

それと左足を捻ったみたいで痛いので、びっこ引いて歩いてます。

幸い頭は打っておらず、緊急性は無いので、明日朝一で病院へ行き精密検査を受け、診断書を警察へ持って行きます。

仕事が大分影響受けるので、それが辛い所です。バッド(下向き矢印)





加害者では無く被害者なので、未だましだったと少し安心もしています。

命迄取られてしまったら洒落にならないんですがね。

これから新居へ引っ越す予定もあるし.....。

車の方は中高年の女性でした。

一時停止の車線を超えて、こちらへ突っ込んで来たので、一瞬「終わった」と思いました。

「ザケンなよ!! オラ!!」と轢かれながら大声を出していました。

結構声出んな〜と妙に自分に納得してました。

バンパーの下へ少し潜り込んだのでそのまま上へ乗っかってくる可能性もありました。

相手の気付くタイミングが随分と遅かったようです。

立ち上がって後、女性が警察へ連絡しようとするのですが、「104」を呼びだそうとしてました。

「馬鹿か!? あんた!? 110番だぜ!!」と怒鳴り、でももっさりしてるので、自分で電話しました。

この後は自分でも不思議な位、穏やかにしていました。

本当はいつもこんなもんぢゃ済まないんですが.....。

すぐさま示談が良いか、保険を通すのが良いか訊かれました。

「事故慣れしてるな」と、ピンときました。

警察は警察で滅茶トロくて、30分は待たされました。

何遍も電話を入れて催促しました。

待たされる間、加害者の女性と話をするんですが、何か自己

弁護と自己保身の空気満載な会話の連発

でした。


何でなんだろうね.....。

人の心配なんか全くしないんだ。

いつからこういった人達ばかりの嫌な世の中になっちゃったんだろ??

カミさんにも電話を入れてあったので、子供達を寝かしつけて直ぐ現場に来てくれた。

余程警察よりも頼りになるぜ!!

しか〜し!!

開口一番、「パンツに穴開いて無いでしょう

ね!!」と来たもんだ。


このまま検査の為、病院へ行く用事があったら困ると言うのだ。

お前がオチャラケちゃうから、加害者が妙に馴れ馴れしくするぢゃないか。

そうこうする内、やっとマッポ様のご登場とあいなった。

うわ〜、加害者の女性は何だかんだと警察官に言い訳しよるわ。

「右見て、左見て.....。」とか云々カンヌン。

でも一時停止不履行の上、前方不注意の為、先方に非がある。

「この位置からだと前方は充分見えるし判

断付きますから。」
とあっさり窘められていた。

住所や名前、連絡先を警察官へ伝え終わると、女性は「これでゴールドじゃなくなっちゃうわ。」と愚痴っていた。

きっと今迄、起こした事故全部、警察へ通さず示談にしてきたんだな。

そもそも不思議だよ。

あんたが今迄ゴールド免許だったって〜事実がさ。

それにまだ自分の心配ばかり.....。

もう二度と運転すんなよっ!!

俺の前でな!!


あ〜肘と足が痛い.....。

明日病院行こう。
posted by さぶらい at 01:06| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

今だからこそ大切な教育の時 「進んで灯りを灯しましょう」

「計画停電」なる新造語がここ数日頻繁に聞かされる。

今年の流行語大賞になるかもしれない。

戦争を経験していない我々戦後世代の者にとって、燈火での生活を強いられる事は滅多に無かった。

幼い頃は今程電力事情が芳しくなかった為、特に台風の時とかの不意の停電の時は雨戸を閉めて、懐中電灯で夜を過ごしたものだった。

現在のように激甚災害時ではなかったので、家族同士のコミュニケーションを「燈火親しむ」事が出来たのだった。

流石に電池はおろか懐中電灯すら売り切れ状態なので、それを購入する事が出来なかった我が家では蝋燭で過ごしたりしている。

大したもので、一本の蝋燭で約一時間位灯りを採れる。

良くて手回しのライト(自転車用の物)で手元の明りを補助的に採ったりもする。

以前、アサヒサイクルで見つけ、「もし何かの時には、電池も要らずに明りを採れるからこれにしとけなっ。」って息子へ買ってやった。

こんなに遠くない未来に災厄に見舞われるとは想像だにしなかった。

カミさんとも話しているのだが、子供が不安になるような発言はなるべくしないようにしようとしている。

自分自身、「知らなかった方が良かった事実」があるかもしれない。





子供だった頃、ノストラダムスの予言を読み、あと○○年で皆死んでしまうんだな.....などと不安に過ごしていた。

時限爆弾の破裂する予定の時間を過ぎてから、予言の類は全く信じなくなったし、不安に過ごした貴重な長い年月をドブへ捨てたとすら思った。

こんな事を深く考えていくと色々と見えてくるものがある。

この社会は不安を煽る事や恫喝する事で巨万の富を得ている輩がいるのだ。

そしてそういった「階層」の人間が「世の中を回している」気になっている。

「保険に入っとかないと癌になったら大変ですよ〜」とか「貯金が少ないと老後が不安になりますよ〜」とか.....。

大体金融保険業は不労収入を営々として続けている。

雀の涙程の利息しか載せてくれないのに、やたら手数料は取られてしまう。

持つ者と持たざる者の差異が激し過ぎると思う。

特に今回の震災では被災地以外での物資の品薄状態が続いている。

「我良し」の我欲に走り過ぎてはいないか。





医者も患者の不安を煽り薬漬けにする。

薬をストップすると死んでしまうと言う。

肝臓が疲弊するので、本当は薬以外の代替療法が求められるべきなのに。

最近、私は薬の連用による副作用の喉の違和感を少し感じていたので、命に関わるとはいえプレイアビリティを優先したかったので、医師に申し出て内容を変えて貰った。

「掛けですね。」と言われた。

調子はまずまずといった塩梅。

自分のフイーリングが大切。

病は元々自分が招き入れてしまったもの。

症状は神様のくれたシグナル。

そのうち薬から脱却しようと思っている。





宗教も生保金融も医療もしかり。

宗教法人は税制優遇にあぐらをかいて人心の不安を煽り彼等を敬虔な(都合の良い)信者へ変えてしまう。

かつて太古の昔、お釈迦様は人々の不安や恐怖を静める為、王族の地位を捨て修業行脚していた。

ところが現代では「地獄へ堕ちる」と相手を脅して入信を勧める。

「癒しを与える仏の教え」を「恫喝行為」、通じて「営業手段」へと転じてしまった。

動物は明日の不安を考えない。

動物を指し「刹那的」とは人間のフイルターを通して見ただけで、本当は「一所懸命」に生きている健気で愛すべき存在。

原点回帰が大切なのだ。

だから私は退院後、保険を解約してしまった。

惜しくは無い。

私が本当に必要とされなくなったのなら、その時は「お迎え」が来るのだろうし。





TVでは国民の不安を煽るような発言をしないようにしているのだろうが、かえって大切な真実を隠蔽しようとしているようだ。

知りたい情報が手に入らないのだ。

「言わぬが花」は恋心だけにして、大人には情報開示をしっかとしていくべきだと考えるが!?

閉塞感に満ち混迷の今こそ「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りを灯す」べき時であると思う。

R&Rする時だと。

私は音楽に携わっていてつくづく幸せだと感謝している。

音楽を聴いていると自分に仄かな灯りが灯って前向きな気持ちになれる。

出来る事なら、遍くこの世界に灯りを灯したい。

音楽で。

癒しを。
posted by さぶらい at 12:33| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

「雲を眺めて 風を感じろ!!」 そのニ ー大震災その後ー それでも僕はやっぱり歌う事しか出来なくて

こんな形で新年の御挨拶を申し上げる事態になってしまいました事をお詫び致します。

新年より色々と身辺が慌ただしく、加えて確定申告(深刻!?)もあったので、ブログが放置状態になっていました。

去る3/11(金)14:46、東北地方太平洋沖地震に見舞われ、数多の方々の貴い命が失われてしまいました。

心より御冥福をお祈り致します。

天災のようにみせかけた人災に私は怒り

心頭です。


ゴマメの歯軋り、無力な自分にも怒り心頭です。

以降の文章は稚拙な表現を伴い、被災者の方々で気分を害される方がいらっしゃるかもしれませんが、何卒ご容赦の程宜しくお願い致します。

何分、極私的視点での日記故......。






当時、私は午前中の仕事を終え、自宅で食事後PCから新着メールにお返事を書き、午後からの仕事を控えて休息をとっていました。

するとグラグラっと地震が起きまして、「ま〜いつもの感じで直ぐ止むだろう。」とタカをくくっておりました。

何分経っても地震は止むどころか、激しさを増すばかり。

でも意外と冷静に床に散らばった物を端へどけたり、開いてしまった冷凍庫のドアを閉めたりしていました。

何と現実感の無い出来事。

「何だろう。これ・わ・わ・わ・・・・。」

と長めのディレイが掛かったみたいな思考停止状態。

と同時に、買い物に出掛けているカミさんと学校へ行っている子供達が急に心配になった。

勿論非常事態なので、携帯が繋がる訳も無く、ただ帰りを待っていた。

先ずカミさんが無事帰ってきた。

お店の天井のペンダントライトが物凄く揺れていたので、すぐさま表へ飛び出て暫く様子を診てから帰って来たから遅くなってしまったらしい。

「建物から離れないと、ガラスが降って来たら危ないですよ。」と周りの方へ注意喚起していたらしい。

いつもながら逞しいカミさんに後光が差して見えた。

そうこうするうちに娘が帰って来た。

学校で男の子がトイレへ行ってて、おしっこしてたら地震で驚き、ある部分を丸出しで飛び出して来た事を捲し立てて話していた。

自宅へ戻り一安心したのか、話し終わると同時に大声で泣き出した。

幼子ながら余程恐ろしい思いをしたのだろう。

クラスでは相当数の生徒が怖がって泣き出してしまったらしい。

私は娘をしっかり抱き締めてあげた。

大丈夫、もう怖がらなくともいいんだよ。

程無く長男坊が帰って来た。

「良かったな!! 無事で!!」

肩を小突いて娘と同じように抱き締めてやった。

男の癖に泣けて泣けて仕方が無かった。

当たり前と感じている事がこんなにも幸せだなんて.....。

未曾有(どっかの馬鹿総理がみぞうゆうって読んでたよね....)の地震マグニチュード9。

決してこれからも起きてはならない忌むべき出来事。





そもそも海岸沿いに原子力発電所なんか綺麗に並べて建てるのがおかしいでしょ?

人間が製造したものに絶対安全なんて保証は何処にも無いでしょ?


科学者はアインシュタインさんに始まり、皆、碌でも無いものばかり研究開発してる。

皆さんもTV見て多分おかしいと思ってますよね。

あの専門用語ばっかりの歯切れの悪い電力側の説明。

何か隠してんだよね〜。

怪しさ満載。

原子炉のメルトダウンの危険性があるんじゃないの!?

人心の混乱を防ぐ意味でテキト〜な説明こいて隠蔽してんじゃないの!?

結局は放射能の危険に曝される訳でしょうに。

東海村JCO臨界事故以上の人災になるであろう予感がする。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E4%BA%8B%E6%95%8
5

要は漏れちゃってたんでしょう。

過去には事実を歪曲するような東電の「人災」があった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%9B%BB%E5%8A%9B%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%81%BD


そしてチェルノブイリ原子力発電所事故も忘れてはいけない。

Wikipediaには日本では、この事故(チェルノブイリ原子力発電所事故)をきっかけに原子力発電そのものに対する一般市民の不安が急増した。このため、政府は、日本の原子炉はアメリカ型で、事故を起こしたソビエト型とは構造が異なり、同様の事故は起きないという説明を行った。とある。

皆様方に於かれましても、政府とその飼い犬共の発

言には充分ご注意の上お過ごし下さい。






地震の起きるタイミングも何か変だと思いませんか?

北京五輪とかワールドカップとか、デカいイベントがある時に限って少し前に何故か地震が起きている気がする。

本当にたまたま天災なのか!?

偶然を装った人災ではないのかな。

因みに、これだけの津波を伴う大激甚災害

にも関わらず、近隣諸国の津波等の被害

が全く伝わって来ないのは変じゃありませ

ん!?


不都合な真実がそこにあるようだけど。

興味のある方はネットで調べてみて下さい。

点と点が不思議と結びついてきますから。

TVを始めマスゴミは虚偽ばかりです。

被災地の上空を飛び回ったり、ロケハンしたりしても全く救援活動は致しません。

被災者を発見したらヘリに乗せて運んで差し上げたら宜しい。

荒れ放題の現場中継はいいからさ。

お話出来る状態に無い被災者の方々へのインタビューも要らないからさ。

上っ面のシンパシーに辟易してしまいます。

見せ掛けの人道主義。

電波を垂れ流すのであれば、とっとと節電しなさい。

調整停電に力を貸すのであれば、国営放送のみに報道を任せ、TV局ごと営業中止して貰いたいもんだ。

電化を推し進める事は、原子力発電を正当化する為の手口だったんでしょう。

政府ぐるみのエコという名のエゴ。

電化住宅の方々はヘタすると食事も採れないですもんね。





食べる物が満足に手に入らず、我が家では一汁一菜の食事をしている。

被災地の方々に比べれば贅沢は言えないが、スーパーやコンビニすら早々店終いしている現状、この生活に耐えられるか.....。

今日、私の住む街は停電を免れたが、一応蝋燭で食事したりのシミュレーションをしてみた。

自分はおろか、子供達も生まれて初めての経験をした。

戦後生まれの我々がこういった思いをしておく事は、少なからず子供達の人間形成にプラスに作用すると感じる。

グルメ番組にダイエットコーナーが平気にカップリングしてあったりするので、我々現代人は余りにも身勝手になり切っていたのではないか。

必要以上に食べる、しかし痩せたい。

だったら食べなきゃいいんだ。

欲望を満たす形で肥大してきた飽食日本。

今こそがターニングポイントだ。

「足りる事を知る」のが大切。

そして「当たり前が一番有難い」。

皆で仲良くやっていこうな。

そして「唇に歌を」ずっと。
posted by さぶらい at 21:24| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月31日

今年も早、大晦日.....。

今年は去年の病気の予後を考え、なるべく自分を労るように気を配りながら一年を過ごそうと思っていた。

が、蓋を開けてみると全然そんな風には過ごせなかった。

ブログに散見出来るように、相変わらず喜怒哀楽を体現し、感情の振り子に翻弄されながら一年を送った。

特にいつ何時何があっても後悔しないように、常日頃自戒して暮らしていた。

十年一日の仕事に励み、来年も時速100Kmで走る戦車の如く生きるのだろうな。

今、自分が在る事に感謝、陽を浴び、深呼吸を出来る事に感謝、当たり前の上に幸せがある事を自覚しながらまた来年も過ごしていくのだ。

当ブログへお越し頂いた数多の方々に、稚拙な文章をご覧頂いた事を感謝すると同時に、皆様のご多幸を心よりお祈り致します。

ブログの記事投稿時には、毎回概ね100人以上の方々にいらして頂きました。

また来年もお付き合いの程、何卒宜しくお願い致します。
posted by さぶらい at 10:35| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月25日

ファンタジーが訴える真実と誠実。

「お父さんはサンタクロース見た事ある?」と息子と娘が訊いてきた。

「うんあるよ。ハイレグ着てて、トナカイの鼻みたく赤い口紅付けてる。」

「そりゃ、飲み屋のお姉ちゃんじゃないか!」と叱られた。

クリスマスはある意味、大人の男にとってもファンタジーである。

PCでは「サンタ・レーダー」なる仮想現実の中継を行っている。

とても手が込んでいて、子供たちへ送ったプレゼントの総数が画面左端にクルクルとカウントされていく。

プレゼントの配達前には「良い子と悪い子リスト」なるもののチェックをしてから出発するという念の入れよう。

カミさんにしょっ中叱られている娘は、画面を見て心配そうな顔をしていて滑稽だった。

親子の年末のイベントとして楽しめるのは、子供達の年齢的な条件も考えると、本当にここ数年になってしまうのだろうな。

こんな罪の無い無邪気なファンタジーだったらあっさり騙されたいものだ。






昨夜「This Is It」をTVで観たが、ライブのゲネプロをそのまま体験出来て、新鮮な感動を受けた。

不世出のボーカリスト&ダンサーのマイケルはもうこの世にいないんだ.....、と思うと何だか遣る瀬無くなってくる。

昨年6月25日に亡くなって、自分の入院直前の出来事だったもので、鮮烈な悲報の衝撃は覚えている。

梅雨空の下、彼の不自然な死の報道に陰鬱な気配を感じた。

愛あるが故、その勇気ある行動が仇となったのではないか?!

言葉は汚なくなってしまうが、正直者が馬鹿を見る理不尽な世の中ではある。

先般の中国漁船の横暴は記憶に新しく、一般大衆に映像を公開した海保の保安官含む24人が処分された。

お上の為と鬼神の如き活躍をした「新撰組」が逆賊であるとされた史実を思い起こした。

真に坂本竜馬こそが裁かれるべき存在であると思う。

彼が持て囃されている昨今、一般大衆への洗脳がかなり進んできていると感じる。

国を思うが故、愛するが故、敢えて一石を投じた一保安官のアクションが「国の機密漏洩」と断罪されてお白州に座らされた。

「悪事千里を走る。」そして「天知る、地知る、人が知る。」である。

隠したつもりでもいつかは露見する。

転がるように真実を引き摺り出し、白日の下に曝す反逆の証が「露見ロール」、と駄洒落てみる。

粋なパンクスを気取りたい。

自分達に都合の良い事ばかりTVやプレスで伝えて、政権を牛耳り、真実を隠蔽工作して国民を騙すのが国家の遣り口であると天下に知らしめてしまったのだ。

保安官より真っ先に責任を採らなくてはならないのは誰なのか?

責任転嫁の実に恥ずべき行為である。

増税しても、自分の議員報酬は減らさない。

税収が減ってもボーナス貰う。

それを国家予算に回せば大層な額になるというのに。

今、世界では腹に一物の為政者共が掃いて捨てる程闊歩しているという事実。

インテリの語源のインテリジェンスとは「情報」という意味だ。

頭でっかちになる必要はないが、これからの時代は真実を求め、それに気付き、聡明に過ごしていく必要に迫られるだろう。

そこのあなた。

だから清き一票は無駄にしないようにね。

盗人猛々しいとは政治屋を指すんです。
posted by さぶらい at 02:24| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

頑張りと見栄っ張り(見栄は張るもんじゃねえ!! 切るもんだ!!)

昨日、私の地元の小学校で市内の高学年の体育祭があった。

息子も徒競争に出場し、汗を流していた。

日頃、遊びに駆けずり回っている為か、割と身体能力は高めなので、そこそこ良い成績を収める事が出来た。

リレーでは二人抜きをして、チームを2位に引き上げた。

スタート前のしかめっ面が、ゴール後には恵比須顔に変わっていた。

余程疲れが出ていたのだろう、仕事から戻ったら子供達は既に寝入っていた。

カミさんが唐突に息子が「ボールを欲しがっているみたいよ。」と言ってきた。

「買ってやらなきゃ、可哀そうよ。」とも。

息子はサッカーが大好きで、学校から帰るとランドセルの片付けもそこそこに友達と学校へサッカーをしに行ってしまう。

サッカー教室に所属しているのでボールは持っているのに「なして??」と私は思った。

友達にボールのクオリティを貶され、「ボール買えないんだよな〜。」とからかわれたらしい。

持ち物よりも腕だろうといつも息子に言って聞かせているが、子供なりに体裁が悪いらしい。

かと言ってボロボロのボールを無理に使わせている訳でも無い。(決してポロのボールじゃないからね。)

てめえがお粥啜ってでも、子供達に不憫な思いなんぞさせるものか。

要はワールドカップで使うような、子供の道具としては分不相応なボールを使わなきゃって事を件のガキは言いたいらしい。

友達関係は皆とてもいいボールを持っているらしい。

ジャブラニとかチームガイストであるとか.....。

馬鹿にする張本人は、欲しい物があれば右から左に手に入れる子で、我慢を教えられずに育てられている。

持ち物だけは高級品だが、品性が比例していない。

無論、私がボールを買う事が出来ない甲斐性無しな訳ではない。

子供に蹴られて何ぼのボールなので、息子の性格上、扱いが荒くなる事を考慮して丈夫そうなボールを選んだだけだ。

身の丈に合った道具でレベルアップして、また買い替えれば良いと考えたまでだ。

先ず練習あるのみ。

レベルアップに着地点や終わりなんて無い。

いつもそこだけは口酸っぱく子供達に伝えている。

自分の子供に考え方の基本を伝える行為が「子育て」で、親にはそれをしかと伝える義務がある。

その点、前述のお坊ちゃまのママは大層立派なお方だ。

入学式の記念撮影の折、私がカミさんから促され、荷物番を頼まれ留守を預かったのだが、戻って来るなり一瞥もせずそそくさと自分の手荷物を持って移動してしまった。

「何だこいつ!! 喧嘩売ってんのかよ!?」ってまたまた悪い癖でムカっ腹を立ててしまった。

(でも私は優しい男なので少しも態度には出しませんでしたよっ。ええ。ニコニコ顔でした。後でカミさんにチクりましたが。)

どんなにか身綺麗にしていても、優しさの欠けた女は大っ嫌いだ。

この奥さんはサッカーのコーチに「ホの字」らしく、しょっちゅう周りに「老い楽の恋心」を吐露しているらしい。

恥ずかしい.....。

それをいつも母親から聞かされているお坊ちゃまはどんな心境だろう!?

だから人の心を推し量る事も出来ず、デリカシーの無い物言いが出来てしまうのだろうな。

私は息子とセットで馬鹿にされた気分になり、夕食がとても味気無いものになってしまった.....。

と、いきなり寝ている筈の息子が大声で泣き始めた。

カミさんと見解の相違を大声で口論していた一部始終が、どうやら聞えてしまっていたらしい。






トレセンを目指す息子に色々と言って聞かせた。

私がまだ若かった頃の事を。

エレキギターの絃は当時海外製ばかりで高価な為、ちょくちょくは張り替えられず、時折古くなった弦を外して鍋で煮て再度ギターに張っていた。

するとヘタっていた音に透明感が戻り、新品に近い音色が復活する。(持ってもニ〜三日)

自分にとって工夫と努力は同義語だった。

そんな事をつらつらと言って聞かせた。

練習するのが嫌いになったら、サッカーを辞めさせるともはっきり言った。

続ける事が出来る奴は才能がある。

「持っている。」って事だ。

上には上がいるもんだ。

今日のお前の頑張りはとても良く伝わってきたから、その調子でしっかりな。

俺はお前の応援団長だ。

声が嗄れる迄、とことんサポートしてやるよ。

大丈夫。

少々の事では俺の声は駄目にはならないから。

それに俺も「持っている。」んだ。
posted by さぶらい at 02:08| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

人として

音楽は喜怒哀楽そのものだ。

今更ながら、最近はリラックスというか癒しを求めて音楽を聴いている事が多いのに気づいた。

神経衰弱というか、自分を擦り減らしながら仕事をしているので、ちょくちょく精神的ギリギリ感を払拭したくなる。

音楽という自分の好きな仕事をしているのだが、それがかえって自分を追い込んでいる事もなくはない。

ただ、音楽を通じて何かの形で人や社会へ恩返しが出来るよう心掛けている。

先日とある銀行が経営破綻したが、数字だけの移動に血道を上げている不労収入を画策する生き方とは、精神性の意味合いで相反する理念を自分は志している。

スピリチュアルなんたらとかいう横文字の怪しい人々や宗教の力を借りずとも、誰もが自分の魂に問うてみれば成すべき事が見えてくる筈。





- 先生へ -

お忙しいのにわざわざ素敵な曲を紹介していただき、本当にありがとうございます。

思いがけずお手紙をいただいたので、びっくりしたのと嬉しかったのとで一気に疲れが飛んでいってしまいました。

こんなふうに音楽で励ましてもらったことはなかったことなので、なによりうれしいことだと実感しています。

ありがとうございます。

先生の音楽への思いや、人へのあたたかい想いを今日はありがたくいただきました。

義父は医師が「普通の方だったらもうすでに・・」というほどがんばって全身全霊を込めて今を生きていてくれています。

私たちにその一生懸命な姿をみせてくれているので、ありがたいと思います。お義父さんに生かされている自分や家族を感じます。

今日も一日過ごせますようにと心で願う日々です。

今日のこのパワーを明日、お義父さんの枕元に届けます。

必要としているたくさんの人のところにも私と同じように素敵な音楽が届きますように・・。


K





以前等ブログで紹介したKさんですが、お義父さんが余命半年と先日医師より告知された。

仕事と家庭の両立の上での看病を全て受け入れ生活されている。

人任せにしようなどとは微塵も考えていらっしゃらない。

私は自分の非力さを恥ながら、出来る事といったら何があるのだろうと考えあぐねていた。

「自分が音楽からパワーを貰っているではないか。」


そう気付いた私が取るべき行動がその「何をすべきか」だったのだ。

仕事(自分にとっては音楽)は色々と人生の節目節目に何かを教えてくれる。

目に映る形としてではなく、精妙なインスピレーションとして伝えてくれる。

Kさんの言葉を拝借すると「必要としているたくさんの人のところにも素敵な音楽が届きますように・・。」。

私も常日頃そう考え仕事している。

皆、それぞれのBluesを歌っている。
posted by さぶらい at 12:53| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

熱中症と「男であるべき」事

今年も既に前年度比四倍の方が熱中症で倒れた。

子供の頃は蚊帳を吊って縁側を開け放して、充分涼しく安眠出来たものだが、昨今はそうもいかなくなってしまった。

30℃を超える真夏日も当時は珍しかった。

環境破壊のツケが回ってきたのか、はたまた増え過ぎた人類という害虫を駆除する母なる地球の自浄作用か?

人生の残り時間が余り無い私は、自分であるサムシングを残したいと思い始めてきた。

男として生まれてきたからには、自分の人生が終わってしまう前に、でっかい花火を一発撃ち上げておきたいと思っている。

寝ても覚めてもそればっかり考えている。

達人と呼ばれた方々が、終生技の練磨と自己研鑽に没入していた歴史的事実を知ると、己もかく在るべしとの思いがどんどん強くなってきた。

無論、政治屋共が考えている保険的人生の過ごし方とは対極にある苛烈なものである。

政治屋としてデビューした、二足の草鞋を履こうとしている某女性議員が捨て去ってしまった「放熱の証」とも呼ぶべき思いである。

もはや己が「熱中症」も極まれりである。

仕事の合間はトライ&エラーを繰り返しながら技の完成を夢見て練習する。

完成したイメージへと自分を運ぶ為には、どの道筋を通って辿り着くべきか......。

それはとてつもなく遠い道程になるのだろうか?

己が命尽きる迄に形を成すのであろうか?

自分を掛けてみようと思っている。





「こんばんわ。

ご丁寧なメールを頂きましてありがとうございます。

先日のレッスン見学はとても楽しかったです。

いわゆる「歌のお稽古」教室ではなくて、しっかりとした理論に裏づけされた本物のボイストレーニングであると感じました。

翌日は私のコーラスだったのですが、前日の事を思い出しながら発声と喉を緩めるトレーニングをやってから練習に行ったところ、かなり声が出やすくて嬉しくなりました。

良い師に巡り会えたことに感謝致します。」





先日猛暑の中、熱心に息子さんのレッスン見学に同席されたお母様から頂戴したメールです。

お母様御本人もコーラスに勤しまれています。

有難い励ましのお言葉を頂戴する度、信念が鍛えられ更に強くなります。

己が仕事とは何か、人生を傾ける価値ある生業に就けている事に感謝したい。

そして如何なる時にも仕事に対して真摯たれ、鬼であれと。





最近、子供達の私に対する呼称が「パパ」から「お父さん」に変わった。

自堕落な父親の姿を日々曝しているにも関わらず。

子供達の身長が日々高くなるのと比例して、「私像」も変わってきているようだ。

「パパ」は何だか至れり尽くせり、優しく物分かりがいい都合の良い遊び相手といったイメージがある。

おいっ!!

そこな円光女子高生!!

身に覚えがあるだろっ!!

「お父さん」は自分を叱り育て、尊敬とは少し異なる畏怖の念を抱いている子供の気持ちを感じさせる。

「親父」はある程度、自分が人生の辛酸を酒を酌み交わすが如く分かち合える立場に近づいてから、発する事の出来る呼称に思える。

だから子供達にとって、自分は第二段階へ移行したのだと最近は考えている。

かつての自分がそうであったように、親へ向ける眼差しも少しづつ成長していくものなのだ。

私は「親父」と呼ばれる程、子供達に何か大きなものを残せるのだろうか?

まだまだ頂は遥か遠く、人生の真夏は続く。

時が来りて末期の水を口に運ばれた時、「嗚呼、何て旨い水なんだ。」と思えるように生きたい。
posted by さぶらい at 00:40| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月30日

あれから一年、君はいない。そして日本代表は今日敗れた。

実家の愛犬柴犬の「ヤマト」が老衰で亡くなって今日で丁度一年過ぎた。

元気だった頃のイメージが強くて、いなくなった事が未だ信じられない。

ペットの飼い主さんは皆そうなのだろうが、ペットと呼ぶ存在を超越して、家族としての繋がりを感じていらっしゃる事と思う。

「ヤマト」との出会いも偶然と思える必然があり、深い縁(えにし)で結びついていた。

父犬が四国の香川県高松市の犬で、飼い主の方は私の母の実家の御近所の方だった。

母の妹と旧知の間柄だった。

血統書でその事実を知った。

カミさんと交際していた時、カミさんの実家から貰い受けた子犬。

母犬はカミさんの実家の犬だった。

犬も深い絆で結ばれていた。

奇跡とも呼ぶべき偶然に見える必然!!

だから縁は大切にしなくてはならない。

悪い行いはしてはならない。

家族皆に大切に育てられた「ヤマト」。

名前の由来は滑稽だ。

当初、命名は宮本武蔵の「武蔵」にしようと思っていたのだが、戦艦「武蔵」のイメージを頂くのではなく最強の戦艦で日本の別称「大和」がいいという事になり名前はあっさり決まってしまった。

私に似ていて(!?)癇癪持ちな犬だった為、兄弟喧嘩宜しく取っ組み合いになった事も暫しあった。

僕の左手首には君との友情の証がくっきりと残っているよ。

傷を見るたび、家族が一つ屋根の下で幸せに暮らしていた頃の事を思い出す。

母が去り、祖母が去り、実家は父一人きりになってしまった。

そして君は僕の絶命の危機すら引き受けて旅立ってしまった。

本当に有難う。

そっちではお袋や婆さんと楽しくやってるかい?





生徒さんとは「気持が一番大切」なんて話をよくしている。

フィジカルを充実させ、技術の習熟度を上げるのはやはり練習が一番不可欠だ。

条件反射化する為に筋肉に記憶を植え付けていく。

練習無くして上達する方法があったら幾ら積んででも教えて貰いたいものだ。

実力が伯仲する紙一重の丁々発止の競り合いの場に於いては、相手のアティチュードを乗り越えた者に勝利の女神は微笑む。

技を超えた何か「執念」「情念」のようなもので困難な局面をねじ伏せていく。

今回のW杯の日本代表はそれを端的に証明していた。

私も非常に勉強になった。

練習試合の結果から推すに大方の見識は「ベスト4なんてとても無理」だった。

正直私も全くと言っていいほど期待していなかった。

所が、グループリーグに入るや否や下馬評をあざ笑うが如くの壮絶な試合を展開した。

これほどW杯で熱くなった事はなかった。

「神風」が吹いていると感じ、優勝も夢物語ではないと思った。

今回のW杯で日本サッカー界の目指すビジョンがはっきりした事と思う。

闘莉王選手が「下手糞は下手糞なりのサッカーを」と語っていたが、勝利へ向けてのどん欲なまでに泥臭いその「想い」が相手にプレッシャーを与えていたのは間違い無いだろう。

特にGK川島選手の鬼神の如き形相はかつてドイツ代表だったGKオリバー・カーン選手を思い起こさせる迫力だった。

気持ちから「勝ち」に行こうとしていた。

最後迄気を抜けない試合の応援に夢中だった我が家の細君は、笑える事に筋肉痛になってしまった。

日本のサッカーの今後がとても楽しみである。

夢を有難う!!

サッカーに熱中している息子は「どうしたらプロになれるの?」と訊いてくる。

「練習が嫌にならず、工夫や研究が出来るとそうなっていくんじゃないかな。」と答える。

つけ加えて「言い訳や甘えがあると駄目だな。」とも。

練習して何ぼ、プロの「それ」に追いつくには切磋琢磨しなくては。

プロになるならないはあくまで結果論、その道で喰うようになったらなったで大変な事柄も一杯ある。

歌もスポーツもフィジカルと気持ちのバランスを維持していくのが大変だ。

「青雲の志忘れるべからず」!!

昼飯抜き(スタジオ代で消えてしまう)で練習に明け暮れていた若かりし頃の自分を振り返り、目下「最新型最強の自分」を目指して研究と練習を重ねている。

負けるものか!!

どんなに時間が掛かっても「恐るべき最強の自分」になってやる!!

何より、それが急務に感じる。

R&Rの圧倒的パワーに鼓舞されるNHKのW杯テーマ曲「タマシイレボリューション」。
http://www.youtube.com/watch?v=sIypiD8uaVI

TBSのW杯テーマ曲のエグよりも何万倍もカッコいい応援歌だ。

意味を成さないふにゃけた絵空事を歌うラブソングよりも、アグレッシブなのがイイ!!

メジャーのフィールドにこんなタイプの曲がガンガンキテ欲しい。

何はともあれ、日本代表選手団お疲れ様でした!!
posted by さぶらい at 23:32| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月17日

文化を大切にしない現代人(便利な事は不便な事)

i-padに代表されるデジタルメディアが大流行である。

電子書籍MP3等、活字媒体や音楽もデータ化されて、掌の中に全て収まってしまう。

足繁く通った神田の古本街が廃れてしまうのも既に時間の問題だろう。

80年代、CDの登場とともに、音楽がデータとして取り扱われ、懐かしく感じていたあの古き良き時代の空気感も遠のいていった。

友人KI-YOの家で聴いたPINK FLOYD「狂気」は衝撃的だった。

当時最先端のオーディオシステムだった4Chのステレオが彼の家にあったので、友達同士で乱入して聴き耽った。

心臓の鼓動やレジスターの音、それらがスピーカーから放たれた瞬間、部屋の空気が張り詰め震えるのを皆で楽しんで聴いていた。

アルバムのジャケ写のデザインも凝っていて、さながら美術書のようだった。

このバンドは凄い音出しそうだな.....とかジャケ買いをそそられるものが当時は多かったな。

アートそのものだったよ。

中学生の身分では、月一度LPレコードを買うのが精一杯だった。

だからレコードの溝が擦り切れる位、何度も繰り返しレコードに針を落として大切に聴いていた。





先日、i-phoneからi-padに買い替える人にインタビューしている場面がオンエアされていた。

「i-phoneだと、ピアノの鍵盤が小さくて弾き辛いでしょ。」

との理由で買い替えるらしい。

何のこっちゃい。

バーチャルのパネルタッチと実物のピアノタッチ(重いウエイト)は全然比べようが無いのに。

よ〜く考えてみると、アプリが豊富なこのメディア。

俄かミュージシャンが即席で一丁上がりときたもんだ。

弾けもしないギターを床の間に飾って、それを肴に酒でもちびちび飲っている成金親父の趣味に似ている。

直ぐに結果を求めたがる人向きな端末なのだろう。

ドラえもんの「どこでもドア」みたいなインスタントなシステムである。

音のコラージュが出来るソフト(アプリ)を使って、作曲(!?)して音楽系サイトからデビューしようとしていた方もいた。

例えるならば、数多小説家の文章を寄せ集めて一つの作品にまとめて自分の作品であると言い張るような行為。

これは創作活動の結晶=作品と呼べるものか!?

マジかよっ!?

創作とは創出する事、何も存在しない時空に己がインスパイアされた動機づけをエネルギー源に実体を吐き出す事。

職人技とは何なのか!?

死語となり果ててしまったのか!?

回転寿司の握りマシーンなるものがTVで紹介されていたが、ドツカレながら板場の修業を長年経験した板さんを愚弄する機械ではある。

高みを極めようと人は努力する。

その道程を大切にせずして、何の人生か!?


簡単な事はつまらないだろ!?

得てして、携帯電話やらメールとかは我儘な使い方で、人を困らせる道具になる事が多い。(一方通行、受身だけの立場でも平然としている輩が蔓延)

欧米主導型の文化や便利な道具が有難いものばかりでは無い事に気づかないのか。

それが彼等(資本主義国の拝金主義者達)のやり方なのだ。

美しかった日本人は何処へ行ってしまったのか!?

私は決してナショナリストではないが、一憶総愚民化される前に鎖国しちめぇと考える/でした。
posted by さぶらい at 22:35| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

Nice Guys!!

昨夜はレッスン後に業務提携先のスタジオのオーナーさんとスタッフの方とのミーティングがあった。

「先生、その後お体の具合は如何ですか?」と久方振りにお会いするオーナーIさんの温かい第一声からスタート。

「御無沙汰しておりました。お陰さまで何事も無く順調です。」と私。

同席したスタッフのチーフC君も胃潰瘍で体調に不安を抱えながら仕事をこなしている。

以前、板前さんをしていた事もある異色の経歴の持ち主。

お客様相手に粗相の出来ない仕事をしていた事があるので、痒い所に手の届く気遣いをとても自然に出来る。

スタジオ業務はかなりハードで、オンタイムでの部屋毎の機材や人員の入れ替えが起きる為、分刻みでの機敏な仕事が要求される。

電話の受け付けや料金の精算、メディアとの折衝、空き時間には清掃もしなくてはならない。

ミーティングにはスタジオ業務で同席出来なかったのだが、C君と一緒に大変な業務をこなしているスタッフのO君、元々在京TV局のスタッフをしていた方で、業界の仕事の辛さを身に染みて経験している。

だからとても人に優しい。

さぶらいマークさん、僕、左胸が痛くて仕方なくて精密検査に行って来たんです。」と彼も若手に関わらず、何らかの健康不安を抱えている。

何事も無ければ良いと祈っている。

私にとってみんな掛け替えの無い大切な戦友達なのだ。





今後の事業展開についての意見交換を3名で行った。

広告の入稿の締め切りが迫っているので、的を絞った協議がなされた。

酒飲み目的の会社員のグダグダミーティングとは違い、コーヒー一杯を飲み干す迄の、時間の無駄を排除した会議。

私は音楽人の立場としての意見を忌憚無く述べさせて頂いた。

業界的な現状や問題点、業務の安定効率化、設備の充実等当たり前だが重要なポイントを細かに伝えた。

日々私が経験している、諸問題の解決や防止に向けた方策も提議して話し合った。

新講師の起用拡充について意見を求められた。

プレイヤーとしての実力は当たり前に不可欠だが、責任感や人間力の欠けている者は何より不適格であると述べた。

かつ、感覚的な事象を生徒に伝える仕事なので、例え秀逸なプレイヤーであったとしても、教え上手でない場合も考え得るので、新規講師登用については私にその役目を担わせて頂いた。

かねてより、自分の所属している音楽教室には、時折講師の新規採用の問い合わせを頂く事があるのだが、先方のキャリアから開口一番誇らしげに伝えられた場合、全てお断りさせて頂いている。

今何が出来るか、何を伝えたいかである.....と私は思うのだ。

過去の栄光はあくまで過去。

抗い続けながら進化し続ける情熱に満ちた音楽人でありたいと私は思う。

もうじき講師デビューする予定の愛弟子Yさん。

淡麗辛口の15年物。

一朝一夕では熟成しない、味わい深い旨味がある。
posted by さぶらい at 01:01| 日記・エッセイ・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする