2019年11月27日

明日の事は判らない。だからぎゅっとしててね。ダーリン。



再び死に掛かった。
久々の投稿で驚くかもしれませんが、無礼非礼をお詫びしつつ書き込みます。

生来の不整脈が原因とされる「心原性脳塞栓症」。
血栓が小脳に飛んで、梗塞し身体のバランス機能に不全を起こす。
またまた脳から血を吹き出す得意技か?!👊😞
10月31日深夜午前2時。
トイレへ立ち、寝床へ移動。
地震か?と感じる眩暈。
何とかカーテンに捕まり、それを引きちぎりながら立ち上がるがバランスを失った足がいう事を効かない。
歩いては倒れを繰り返す。
それでも思考回路はきちんとしていて、「家内は今日合唱の伴奏があるから起こしちゃまずい。」とか「息子は学園祭でライブを予定しているから寝かしておこう。」やら不思議に自己解決を図ろうとする。
不思議と頭痛は全く無かった。
ただ激しい眩暈と吐き気、二階のトイレの前で朝迄呻いていた。
六時頃になり、家族が起床して来た。
家内「あんた何やってんのよ?!」
応えて曰く「動けねぇんだよ。訳が判らん。」と私。
「パパやばい。」娘が慌てる。
「何やってんだよ?夜中にバタバタ五月蠅くて寝れなかった。」と息子。
そりゃそうだ。
トイレの前で親父がジャージ姿で横になってゲーゲー言ってから。

私は亡くなった御袋と一緒で、世話になって長患いして死ぬのは真っ平なので、逝く時は迷惑掛けずにといつも考えている。
奇しくも御袋の最期は天晴にもそうなった。

かねてより「R&Rは死ぬ事と見つけたり。」が口癖。
その位の覚悟を決めて掛かれとぃった信念。
特に11月は西日本で詩人を務める38年来の友人ヒロキとの約束の曲の最終仕上げを控えていた事もあり、「命に代えても」との想いが強くあった。
春先には盟友カズヤとの再会を果たし宅飲みしたり、ミッシング・リンクを埋める出来事続きだった。
中学校時代の同窓会も千葉の地元で催されたり等、なかなかに充実した日々を過ごしていた。
その矢先の入院騒ぎ。
当初、予測されていた塞栓症の原因も不明だったらしく(24時間心電図を着けられ計測したが不整脈は出なかった)、謎の多い診断結果となった。
担当医師は、このままリハビリ棟へ転院してリハビリを続行する様勧めるが、両腕に点滴を繋がれたまま、それを引き摺りトイレへ行ったりしている私の姿を看護婦さん達は目撃しているので、その必要は無いと背中を押してくれた。
普通にスタスタ歩いてあっちへこっちへ移動する私を見てリハビリの先生も「退院の日取りは決まりましたか?
」と尋ねてくる。
その位回復力は早かった。
以前「大脳被殻出血」で入院した時の先生も「ボーカルやってる人は強いね〜。」と仰っていた。
その折と同じ体で入院生活を送っていた。
過去には看護婦さんから「リハビリ科へ連絡しましょうか?」と訊かれた当時の先生曰く「この状態でリハビリ科へ回したら怒られちゃうよ。」と仰ってくれた。
今回、友人と共同作業で曲の作成を急いでいたのには訳があった。
ここでは敢えて触れないが、タイトなスケジュールの制約があった為だ。
加えてミュージシャンとしての拘りやプライド、遺作となっても形をしっかり留めておきたいとの諸々の想いが背中を押し続けた。
だから、曲のクレジットには道半ば、若く辞世した関係者の方々のお名前も拝借して載せた。
永く記憶に留め、供養にもなる様に。
「魂」がテーマのナンバー。
言葉にすると安っぽく聴こえてしまうので、忸怩たる想いは歌に込める事にしたい。
この文章のタイトルは知っての通り椎名林檎「ギプス」のサビの歌詞。
人が財産、皆仕事や生活を通じて誰かのギプスの役割を担って仕事していると考えたい。
明日をも知れぬ命の儚さをシンプルなラブソングで表現した林檎氏の素晴らしい才能。
天才故の表現。
惨たらしい事件が日々引き起こされる現代。
政治家が私腹を肥やし、欲望剥き出しにしても恥じ入らない社会。
子供でなくてもぎゅっと抱きしめられるだけで氷解する不安や悲しみもある筈。
医師の説明にもそれが欲しかった。
家内はかなりストレスに感じたろうに。
「あれも危ない。これも危ない。」無い無いづくし、命の危険ばかり伝えてくる。
「あ〜。上等だよ!! 殺せるものなら殺してみやがれ!! お前も漏れなく死ぬんだからよ!!」
ってな!!
ブレーキを踏みながらアクセルを解放なんかするもんか?!
過去記事の健康診断の下りを思い出した。
政治家や医者は己が保身と自己弁護には平気で人を騙すのだ。
動かぬ証拠があったとしても、測定機械の故障として済ませやがる!!
誤診は認めないんだよ!!


「R&Rは死ぬ事と見つけたり。」


posted by さぶらい at 13:30| 埼玉 ☔| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

学問のスルメ

理化学研究所の小保方晴子氏(ITmediaニュースより).jpg

久々ブログに新記事をUPしました。

昨年末の簡易訴訟の結果もお知らせせずに長きに渡りまたブログの更新を怠っておりました。

誠に申し訳御座いません。

訴訟の結果は勿論、原告の私の「完全勝訴」でした。

ですが、被告は色々と知恵を付けて至る所で詐欺っているようで、相手側は法廷にも現れず(私が殴り掛かる事を想定してカミさんが傍聴人として付いて来ちゃいました.....)、被告の「自白」が認定され、この結果となりました。

開廷3分で判決言い渡しでした。(ウルトラマンはカップ麺食べられないです)

そりゃそ〜ですわ。

何も言い訳通用しないでしょうしね。

しかし、判決正本に載っている「支払え」という文言にも被告は全く応じず、追込みを掛けるも一回目の強制執行が空振りに終わりました。

私なんかまだ序の口で、強制執行を先行して申し立てていた被害者(会社組織でした)は、被害額が200万円超えてました。

多分売り掛け金の未払いかなんかでしょうかね?(可哀想過ぎます)

ただ、時効がここがスタートで10年延びたので、まだ奴の禊は終わっておりません。

だから「一回目」なんです。

弁護士の方には「素人の方にも関わらず、よくここまで自分で出来ましたね。」と慰めの言葉ともつかない変な褒められ方されました。

何でも最後まで遣り遂げるのが私の信念、生き方なので、奴の息の根を止めるべく必ずやブッ潰します!!

今度、この3年以上に渡る諸々の苦闘の自分史を事細かに皆々様に御披露致します。

詐欺被害に遭わないように「社会の木鐸」であり続ける事も、自分の仕事と併せて大切な役目と考えております。

是非ご参考になれば。



閑話休題ですね。

記事のタイトルはミスタイプではなく、私の思う所を簡単に表したものです。

小保方さんのSTAP細胞の論文に虚偽の申告があったとされた件の騒動ですが、多分実験は成功していたのではないかと思っています。

殊に細胞生物学は一般の方(勿論自分自身も含めて)にはあまり馴染みのない学問のカテゴリです。

その特殊性故にテキトーこけばそれなりになってしまうでしょうし、整合性も検証すらなかなかに困難を極める事でしょう。

何か繊細な環境的諸条件、例えば気温や湿度、水、紫外線赤外線、蛍光灯のワット数、はたまた壁紙の色が黄色であったり、ムーミンのデカールが貼ってあったり、小保方さんがあのように美人であったり(笑)の条件が揃っていて初めて実験が成功する.....ってのも考えられなくはないな〜と個人的に思う所ではあります。

そのどれか一つのバランスが崩れてしまったりとか、欠落してしまったりすると実験の実証性、再現性が損なわれてしまうのではないでしょうか?

真実ならば世紀の大発見なので、利権を漁るさもしい連中が跋扈する可能性だって否定出来ません。

全ての病から人類が解放される事だって可能です。

そうすると困るのは何処の業界に従事する方でしょうか?

そしてこのテクノロジーを欲しがっているのはどの国のどういった身分の奴でしょうか?

セレブと呼ばれる御身分の方達は真っ先に争うが如く飛び付く事でしょうね。

だから足を引っ張られているんでしょう。

きっとそうに違いない。





生きている限りチャレンジは続く。

諦めない限り、勝利は近づいて来る。

努力を続ける未来に対しては何も恐れる事

はない。


夢を追い道を求める者達よ。

顔を上げて諦めずに粛々と己が道を進み給え。

小森のおばちゃまも仰っていたではないか?

「モアベターよ。」って。(笑)


私も6年越しで自分のテクを少し進化させる事が出来ました。

その時に「最強になってやる」と宣言しました。(過去記事参照)

ボーカルレンジはトップノート(ホイッスル・ボイス)でF#6となり4オクターブ+1音半を発声可能になりました。

このテクも、コンディションや感覚のズレの影響をモロに受けるので、微調整が必要です。

特有の勘が必要とされます。

それを言葉で説明しつつ、再現性の部分でいつでもピックアップ出来ます。

経験を積めば積む程、スキルは裏切らないし、ノウハウも深まる。

学ぶ事は素晴らしい。

噛めば噛む程味が出る。

そんな訳で学問のスルメだ。
posted by さぶらい at 15:14| 埼玉 ☔| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月09日

宴会じゃね〜んだぜ!! 人生は!!

先日、TVを観てたら名前も知らん何処かのジャリタレが「大学も卒業する事だし、音楽でもやりたいです。先ずは歌からかな〜るんるん」と、のたまっていた。

「先ず」とか「でも」はね〜だろよ!!ったく!!.....。

宴会のビールじゃね〜んだよ。

取り敢えずとか先ずはって、音楽するって事は、間に合わせの(場繋ぎの)ものですかっ!?

マスゴミに露出するアイドル風情だからこんな我儘発言も許されてしまうのだろうが、やっぱり頭悪いんでしょうね。





12年前、お袋が商いしていたお店を継がず潰した過去が自分にあった事を思い出していた。

親父には自分の仕事を続けたいと私はエゴを通した。

後継ぎのいないお袋のお店は当然撤退する事になった。

お客さんとコミュニケーションするのが唯一の楽しみだったお袋。

お袋のお店のあった場所には違うお店が入り、懐かしいお袋の匂いは消えてしまった。

唯一変わらないのは、店の軒先にある燕の巣だけで、毎年巣立った雛が成鳥になり古巣へ戻って来ては新たな命が.....を繰り返していた。

毎年、巣立った燕が帰って来るのをお袋は楽しみに待っていた。

去年3月、墓参りの折に、お店のあった場所に子供達を連れて行った。

「ここで婆ちゃんはお店をやっていたんだよ。」

と教えてやった。

親不孝して御免な.....。





先ずはなんて言葉は自分には無かった。

そんなお粗末な言葉で音楽を語るのは失礼極まりないだろ。

無手勝流と言うか、これしかないと思っていた。

矢尽き、刀折れ、落命しようとも魂までは誰にも奪えない。
posted by さぶらい at 12:12| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月24日

「見るべきものは見つ」程の想いとは            失くしたくない石をも穿つ真摯さ

先日、K1の武田幸三選手が引退した。

彼は試合を向かえる度に家族宛に遺書を書き残していたらしい。

「自分の体は観客のもの」とまで言い切る激烈なストイックさを持つ真面目一徹な真のファイターだった。

2Rでアルバート・クラウスのストレートを右目に受け、一時的に視力を失いながらも戦い、ドクターストップで敗れてしまった。

「見るべきものは見つ。今はただ自害をせん(平家物語)」と、壇ノ浦合戦で錘代わりに甲冑を身に付け、壇ノ浦に身を投じた平知盛を思い起こさせた。

悔いの無い戦いが出来たかどうかは武田自身の胸中にしまい続けるのだろう。

「ラストサムライ」と呼ばれる所以である。

私は自分が書き記しているこのブログを日々「遺書」と思い書いている。

血や汗、涙もデジタルコンテンツの上に書き記しておこうと思っている。

奇麗事だけで無く、裸になった素の自分も含めて人としてのイメージを残したい。

もしもの折に、遺された人々が私の思い(愚痴?)を伺い知れたら良いな.....との用途もあったりする。

子供達なんぞは「馬鹿親父が」と思うだろうな。





三島由紀夫訳「葉隠入門」という本がある。

佐賀鍋島藩に仕えた山本常朝が武士道について詳しく言及した書を三島が解説したものである。

戦時中は都合良く解釈され、国威発揚に利用されたが、実際は成る程と

膝を叩くような処世術が語られていたり、極々当たり前ながらも忘れ

がちなマナーについて触れられていたりする。

ナショナリズムを説く書では無い。

中には「あくびを噛み殺す方法」も紹介されていて、「武士は食わねど高楊枝」的アイロニーが感じられたりして面白い。

掟や法度は弱さの裏返しである。

突き詰めて言えば「上品とは何か」を知らしめる書である。





「けじめのつけ方」にも色々あるが、最近無性に腹が立つのは、教育現場に於ける責任意識の有無である。

以前より当ブログでは度々触れている教育現場の荒廃が最近また顕著になってきた。

来訪して頂いた方には申し訳無いが、また私の愚痴に付き合って頂く事になります。

息子の担任の女性教師が妊娠をし、最近学校を休みがちになっていた。

ただでさえ、学力低下が叫ばれる昨今、オメデタとは言え、一個人の事情で子供達の勉学がストップするのは許されるべきでは無いと思うのだ。

あくまでお知らせが来るのは先生本人からのお便りだけで、学校側からの説明は全く無し。

案の定、学校開放日の授業参観は一時間目が急な科目換えで(先生の体調不良による欠席の為)音楽になっていた。(父兄は当日迄知らされていなかった。そもそも音楽の授業を急場しのぎの手段に使うな!!)

この夜息子に、最近自習が頻発していないかどうか尋ねてみた所、案の定、自習時間が多かったらしい事をこの期に及んで初めて聞いた。

私とカミさんはこの瞬間迄、この事実を全く知らなかったのだ。

子供が親に言わない限り、事の次第は親のみ蚊帳の外だったのだ。

その後もあくまでお知らせが来るのは先生本人からのお便りだけで、学校側からの説明は全く無し。

「代替の先生を決定すべく鋭意努力しております。」の文言も空しいばかりだ。

納得がいかなかったので、県の教育委員会へ相談してみた。

件の内容を伝えると、「学校側から代替の先生を決定して父兄に通知するよう促します。」との事だった。

その日の午後、子供が持ち帰ったプリントには代替の先生の名前が載っていた。

この先生は四月の段階で補助の先生として学校新聞に顔写真入りで載っていた方だった。

促されてから対応するのでは遅すぎるのではないか!?

学校側の対処の遅さは子供以下である。

加えて、仕事に対するプロ意識や責任意識の欠如が見て取れる。

真っ当な意見ですら学校側へ抗議をすると、逆に学校は被害者意識を持って、私は「モンスター」扱いされてしまうので難しい所だ。

「給食費払ってんだぜ!!」なんて毒づいたりしないのに、逆にこちらが気を遣ってしまう。

三学期に「前担任の先生」は戻ってくるらしい。

臨月を控え更に彼女は身重になるので、再度自習の日々が増えるのではないか?

新型インフルエンザの影響下で学級閉鎖が頻発し、授業時間が圧倒的に圧迫され、学力低下が恐ろしい。





自己満足に陥ってはいないか?

仕事の流儀が蔑ろになってはいないか?

人は「手段」では無く、「目的」である。

教育の現場にもここが大きく欠けている。

政治はまさしく人を「手段」として使ってしまった。

このままではいけない。

先ず真摯であろう。

真面目な事はカッコいい事だと子供達に教える大人が増えて欲しい。

襟元を正せ!!
posted by さぶらい at 13:05| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月13日

「雲を眺めて 風を感じろ」!!

政権交代して、システムが大きく変わりつつある。

だが、とても納得いかぬ事が多過ぎはしないか?

我々は「馬の鼻先に人参」ぶら下げられて、ちっぽけな目先の損得で安易に流されてしまったのではないか?

碌で無し自公連立政権が社会を滅茶苦茶にしてしまったが、支配層が交代してもやはりお上は人心を利用したがる。

狡猾な輩程、大義名分は大上段に構えて裏では舌を出しているものだ。

「雲を眺めて 風を感じろ」!!

安寧に鈍感になってはいないか?

己が右拳は何の為にあるのか、知る日が遠くない未来にやって来るだろう。

R&Rが必要だ。

為政者はそれを恐れている。
posted by さぶらい at 22:24| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

過去からの問いかけ

大好きなCM

「もしもし.....」

「まだROCK演ってんの?」

「お蔭様でバリバリだよ。」




手前味噌な理由をこじつけて、夢半ばで友は皆リタイアしていった。

Nothin But The Love

本気で愛していなかったんだな。

お疲れさん。

あんた等にゃ勿体無さ過ぎてROCKは似合わない。

歌うよりも歌い続ける事、弾くよりも引き続ける事、それしかないだろう。

悩んでいる暇なんか無いんだぜ。

他事に振り回される程、柔じゃない。

音楽が好きで好きで堪んねえ。

お蔭様で現在進行形にてバリバリよ。
posted by さぶらい at 22:33| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月31日

学級崩壊と再生への模索 −「ならぬ事はならぬ」− 世俗を離れ 人として

先日息子の通う小学校で授業参観があった。

パソコンの授業が一時間目に行われたりと、IT社会の煽りを受け小学校一年生にして電脳化され始めている。

私の少年時代とは隔世の感がある。

お題はソフトを使用して絵を描く事。

元々「書いて覚えろ」と言われ学んできた自分と違い、筆を持つ事無くお絵描き迄パソコンを使用するようになってしまった。

末恐ろしいアンファンテリブル、デジタルの時代。

そして今や社会的問題となった学級崩壊が、この時既に身近な水面下で始まっていた。





以前から何かしら釈然としなかった事があった。

「K君」が父兄の集まる機会にいつも欠席している。

この日(11/28・土)もそうだった。

運動会や授業参観等、親が集まる時には必ずと言っていい程、人目を避けるが如くお休みする。

それを許している学校側もおかしい。

腑に落ちない。





数週間前の出来事だった。

担任の先生より授業を見学しても良いとの御達しがあり、カミさんが息子のクラスへと出向いて行った。

K君は幼稚園時代から「暴力行為」ではかなり名を挙げていた。

殴るわ蹴るわ、悪態をつくわ、挙句の果てに脱走する.....。

同級生はおろか担任の保母さんにも同様、容赦無しなアナーキスト振りであった。

噂には聞いていたがこの日遂に、その酷い有様をカミさんは被害者として目の当たりにする事になってしまった。

参観日が抜き打ちだった為、いつもこうした機会には必ず休んでいるK君が、たまたまこの日は登校していたのだった。

行き掛けに校門でK君とばったり会ったカミさんが一言「教室に戻りなさい」と促した所、「うるせえ!! クソババア!! 説教してんじゃねぇよ!!」との賜られ、蹴りを入れられたらしい。

同級生の父兄も一緒だった為、対面を気にしてか仕返しはしなかったそうだ。

私だったら間違い無く蹴り倒す。(怒)

教室へ入ってみると早々と入室した何組もの父兄と思しき方々が。

暫く経って男子生徒が、腫れ上がった頬をタオルで冷やしながら教室に戻って来たそうだ。

何とK君がその子の顔面を殴って怪我をさせてしまったらしい。

当の張本人はさっきすれ違ったばかり、脱走癖のせいで教室にいる訳も無かった。

校長先生と教頭先生の監視下、物々しい雰囲気の中父兄参観は終了した。

息子に問い詰めた所、担任教師を含めたこの三人掛かりの授業は珍しくないらしい。

いつも被害者は件の殴られた児童。

それもほとんど日常茶飯事。

すぐそこに存在する教育現場の荒廃.....。

どうしたらいいのだろうか?





【イジメ問題に「什の掟」問い合わせ続々】

北海道と福岡の児童・生徒がイジメを苦に自殺するなど、学校でのイジメが社会問題化する中、江戸時代の「什の掟(じゅうのおきて)」が教育関係者の注目を集めている。

会津藩が藩校「日新館」入学前の子供たちに唱えさせた掟で「弱い者をイジメはなりませぬ」など7項目と「ならぬ事はならぬものです」の結びの1文で構成される。

現在は博物館となっている日新館には、全国の学校から問い合わせが連日届いている。

什の掟は、会津の子供たちが叩き込まれた武士の心得だ。

5代目会津藩主松平容頌(かたのぶ)の家老田中玄宰(はるなか)が「会津藩の興隆は人材の育成に在り」として藩校「日新館」を開学した1804年頃出来たといわれる。

当時、日新館入学前の6〜9歳の子供は、遊びの集団「什」を作って遊び、夕方には反省会で「什の掟」を毎日唱えたという。

現在は博物館となっている会津藩校日新館には、全国の教育関係者から問い合わせが相次いでいる。

同館によると「九州、四国を含め、全国の小学校の校長先生から『現代風に変えて子供たちに教えたい』という声が多い」という。

什の掟は昨年、藤原正彦氏のベストセラー「国家の品格」(新潮新書)でも紹介され、今年は歴史雑誌などで特集も組まれた。

会津が地元で「黄門さま」と注目を浴びた民主党の渡部恒三前国対委員長(74)も度々引用する等、全国的にも知られるようになった。

警察庁が調べた昨年1年間の全国のイジメ関連の暴行等の事件は、最近の10年間で2番目の165件で、イジメた理由は「力が弱い、無抵抗だから」が1位(27・3%)。

こんな現状が、什の掟の「ならぬ事はならぬ」の精神の再評価に繋がったようだ。

日新館には座禅や弓道などの武道体験による精神修行の場もあり、修学旅行に訪れる学校も多い。

これまでは近県の小中学校が主体だったが、最近は高校も増え、中国地方の高校から「海外旅行を会津旅行に変え、侍の文化を教えたい」と下見に来た教員もいる。

見学校は年間300〜400校。国外からの問い合わせも増え、今年は台湾からの修学旅行があった。

教育を巡る問題では、受験対策の為の必修単位の未履修問題等の不祥事も発生している。

日新館では「教育は今日明日に結果が出ない100年の計だが、子供の模範たるべき大人が先ず再認識する必要がある」としている。

−清水優−

[2006年10月29日7時52分 日刊スポーツ紙面から]





K君は自分が世界の中心に存在しないとすこぶる機嫌が悪いらしい。

母親ですら自分の体調不良を盾にし、第三者の忠告や進言に対して全く耳を貸さない。

いや、関わり合いを持とうとしない。

「私は健康に自信が無いので.....」と責任放棄。

でも毎日元気に働いている。

彼が通っていた幼稚園の園長先生も嘆いていたそうな。

暴言と暴力、それによって感じる心と体の痛みを、親は身を持って我が子に教えるべきなのではないだろうか?

「お前は痛くないのか」と。

兄弟も荒み切っていて、高校生のお姉さんは人目も憚らず、タバコを吹かしながら幼稚園にK君をお迎えに来たそうだ。

親に貰った小遣い銭でそんな事してるとしたら、とんでもない大馬鹿者だな。

高校生位なら格好付けて「大人の真似事」をしたくなったりするんだろう。

私達の時代もそうだった。

綺麗事かも知れないが、そんな行為に全く興味の無かった私は「人目が気になるならやらなきゃ良いのに」と思っていた。

「大人=怖い」のイメージがいつの時代からか無くなってしまった。

近所にも必ず「カミナリ親父」がいて、手こそ挙げなかったものの、親同然に怒鳴られたりしたものだ。

私の父も「大人は偉いんだ。お前が悪い。」と不平不満に対して取り合わなかった。

社会に自浄作用があった事を父の言葉が代弁している。

尤も現代では肝心の大人が「人として」汚れ切ってしまっているが。





以前、小学校の教師として務めていた私のお弟子さんがいた。

志が高く真面目だった彼は、当たり前のように子供の喧嘩の仲裁に入った。

子供の証言を元に原因を探り、当事者同士を和解させようと試みた。

喧嘩の原因を引き起こしたであろう男子児童も自分の非を認めた。

だが.....。

「子供の人権蹂躙だ」と加害者の母親が小学校に直談判、教育委員会に学校側の不手際としてチクられるのを恐れてか、彼は校長から退職を強く命じられた。

「呼ばれた意味が判ってるんだろうな?」とはっきり校長に言われたらしい。

彼が教職を追われたのは言う迄も無い。

涙ながらにその事実を訥々と語っていた。

先日、不幸にもパワーハラスメントで自殺した千葉県の教職員がいた。

教育現場は戦場だ。

しかし彼は耐え難きを耐え、そして今は実家で祖母の看病をしながら母と三人で暮らしている。

しつこいようだが、「青雲の志」を彼は自らのフィールドに希求していた。

屍累々とする中を人の気持ちを踏み躙りながら生き残ろうとする「体制側」が存在する。

これ程日本という国家が堕落し荒廃してしまったのは、教育界と親の双方に責任がある筈だ。

人として恥ずかしく無いのか?

人として繋がる事が出来れば、教師と親は限りなくニアイコールで結ばれる筈である。

どんな世界にも本物と偽者が存在する。

だが本物だけが馬鹿を見ている。

こんな悲しい時代に生きている。

しかし少しづつ変革していかなくては。

今年六月頃、同じ硬派な(!!)考えをお持ちの方のブログにコメントした内容を思い出した。





『以前電車の中で目撃した出来事です。

車内でむずかる子供をヤンママと思しき母親がたしなめる為、駅に電車が止まる度に何回も子供をホームに出し、「置いてくよ!!」と半ば脅しておりました。

そうこうする内子供は泣き止んだのですが、隣に腰掛けていた熟年のご婦人が「いい子ですね〜。ママの言う事良く聞くんですよ。」と優しい声を掛けた途端、「あんたに言われる筋合いはね〜んだよぅ!! 馬鹿野郎が!!」とその母親は巻き舌でゴロ巻きました。

ご婦人の逆隣には、その母親の友人の金髪の母親が子連れで座っております。

「そ〜だ、そ〜だ。」と言わんばかりにご婦人目掛けてガン飛ばしてます。

哀れご婦人は悲しそうにうな垂れてしまいました。』





これがノンフィクション。

信じられない事ばかり起きている。

が、自分を信じるしか無い、出来ない。

「ならぬ事はならぬ」

それ無しにはどうにかなってしまいそうだ。


この狂おしい現実。





"What A Wonderful World" Louis Armstrong   成瀬隆範訳


僕には見えるんだ 緑の木々や 赤い薔薇が

僕らのために 咲き誇っている

だから僕は思うんだよ 世界はなんて 素晴らしいんだろうって



僕には見えるんだよ 青い空や 白い雲が

輝かしい日の光 神聖な夜

だから僕は思うんだよ

世界はなんて 素晴らしいんだろうって



空にかかっている 素晴らしい虹色

道行く人は 希望に輝いている



友達同士が握手をして あいさつをしている

本当に人間愛に満ちていて



赤ん坊の鳴き声が聞こえる 彼らが大人になってゆくのがわかるんだ

あの子達は僕らよりも もっとたくさんのことを学んでゆく

だから僕は思うんだよ 世界は なんて素晴らしいんだろうって



僕は思うんだよ 世界は本当に素晴らしいんだって
posted by さぶらい at 01:26| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

心に残る言葉達

人との出会いはとてもエキサイティングな出来事だ。

仕事柄、様々な職業に就いている方々とお会いする機会に恵まれているので、これについては自分自身とても感謝している。

つくづく色々な物の見方や捉え方があるものだと思う。

言葉は意思や思考を伝える為の重要なツールである。

“道具”を誤って使ってしまう事で簡単に人を傷付けてしまったり、その人と成りを判断されてしまったりと、予期せぬ反作用をコントロールするのが難しいのもまた事実である。

然るべき後になってはたと気づきを得たり、時間の経過とともにボディブローよろしく、じわじわと骨身に染みてくる言葉もある。

素直な言葉で気持ちを表現したい。

しかも温度差が無いように。

五里霧中、闇を照らす明かりが欲しい時もまま言葉が道標となる。

いつまでも自分を奮い立たせてくれている言葉が誰にでもある筈。

俗に言う所の“座右の銘”って奴だ。



特に物心付いてからは(尤も生意気盛りの時期ではあったが)人の言葉が痛かったり味わい深かったりと、聞き流す事が徐々にではあるが出来なくなっていった。

特に強烈な体験だったのが、私が未だ高校生だった頃のコンポジションの先生との出会いだった。

とにかく授業が進まない。(笑)

でも進学組の生徒やズッコケ組の生徒(勿論自分の居場所)を問わず、誰からも慕われる存在であった。

卒業式直後はクラス担任よりもその先生に挨拶しにいった程だ。

それは何故か?

英作文を教えるよりも“人間力”を養ってくれたからだ。

「大学や専門学校へ進学する奴、そして就職する奴。

もうじき皆別々の道へ進み、別々な生き方をしなくてはならない。

が、これだけは覚えておいて損は無い。

志望する学校や勤め先へ一度下見に行ってみろ。

校門をくぐったり、会社の建物を眺めたりするだけでいい。

関係者に会ったりする事も無用。

雰囲気が悪かったり、居心地の悪さを感じたりしたらそこに属するのは止めろ。

気が晴れぬ場所では何事も上手く立ち行く訳が無いだろ。

そこが世間様に一流と言われていようが、二流と言われていようが、そんな噂は関係無い。

要は如何に自分を高められるかだ。

身の丈に会った場所で頭を張るつもりでやれ。

勝負はそれから始まっていく。

そして好きな事は何があってもとことん十年続けてみろ。

例え喰えなくてもだ。

すると確実にそれは形を伴う仕事になっていく。

嘘は言わない。

本当だ。」

帝王学を教わる脱線気味の授業だった。

だけど皆この先生の時限だけは瞳をぎらぎらさせていた。

これで腹が据わった。

思えば.....。



中学校時代から音楽を演っていきたいと思っていた。

同時に漠然と親の家業を継いでしまうのかもしれないといった諦念もあった。

何故なら当時ギターは舶来品中心で種類が少ない上、国産のコピーモデルも高値であったからだ。

中学生の身分では当然手に入る術がない。

サボり気味の部活動、その時間は好みの曲を片っ端にカセットテープにエアチェックする事で塗り潰された。

高校1年生の或る日、近所のゴミ捨て場に捨ててあった状態の良いアコースティックギターを、親父が勿体無いとばかりに拾ってきた。

(親父の名誉の為記しておくが、この行為自体、親父の本職とは何の関係も無いぜ。)

この日を境にギターを掻き鳴らす日々が始まった。

「歌いたい」とずっと思い続けていたんだ。



ほどなく芸術系大学に入りバンドを始める。

見に来てくれる人も少しづつ増えていった。

何回か小屋に足を運んでくれていたOL達の一人の娘からライブ後手紙を貰った。

「折りたたみパイプ椅子を投げる

ありったけの感情をフロアーに叩き付ける

だけど誰にもあなたの心の叫びは届いていない

そうと知りながら

あなたの世界がそれだと主張するのなら

私も拒むしか術が無い」

衝撃的だった。

全て見透かされていた。

おまけに手紙の最後には手彫りのハンコまで捺してある。(笑)

数ヵ月後友人から次のように伝えられた。

手紙を渡されたあの日、僕の歌を聴いた彼女はしきりに今の自分を変えたいと言っていたそうだ。

あの文章は反語だったのだ。

その後彼女は憧れだった陶芸家の道を志す為、突然務めていた銀行を辞めてしまったらしい。

これがまるで借用証書であったかのように。

自分自身に未だ落とし前を着けていない男が、一人の女性の人生を予期せぬ方向へ変えてしまったかもしれない.....と自らを責めた。

この手紙は今も手許に残してある。

自戒の為、そして生き切る為.....。

多分定年で一線を退いているであろう恩師は、今も誰かに口角泡を飛ばし熱く語っているのだろうか?

彼女は本懐を遂げる事が出来たのであろうか?

夢の形は少しだけ真円形からオーバルに変わったけれど、覚悟を決めた日から十数年でひとかたの“プロ”になっていた。

勿論責任意識も備えてこその。

「お前は日和っていないか」

言霊に問いかけられて、未だ心が脈打ち疼いている。
posted by さぶらい at 14:42| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月29日

確信

ぼちぼち四・五月病とやらが流行ってくる時期である。

「.....。」

!?

気が乗って来ないらしいな。

居眠りしている政治家を見てみなよ。

万年病気漬けだ。

青雲の志は何処へ置き去りにした?

己が姿を鏡に映しつらつらと眺めて如何なものか。

ともかく落ちる所まで落ちてしまえと勧める向きもあるだろう。

若かりし頃、己が夢に近づく為借金をこしらえ、昼飯を削り水で満腹にして精進していた数年間があった。

些細ないざこざに巻き込まれ危険な目にも遭ったりした。

今でもそうだが血の気が多かったからだろうが(笑)

「板子一枚下は地獄」

板子からはみ出した所で泳ぎ続けなければ沈んでしまう.....。

いつもそこにはそんな危機感があった。

満ち足りている輩に限って年がら年中モチベーションが下がっている事がほとんどだ。

やる気のかけらも無い。

工夫が足らない事この上も無い。

そして事の顛末を人のせいにする。

自分のパワーで上へ這い上がれない奴は結局落ちるだけだ。

そんな執念の無い奴は落ちる事を止めにした方が良かろう。

周りが迷惑だぜ。

意欲無き者は去れ!!

「どんなに追い込まれようが笑っていられる奴が本物」

ストレスや無気力なんぞ鼻先で吹き飛ばしてやるわ。
posted by さぶらい at 00:06| 信念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする